信貴山・龍田大社、大阪の一ノ宮

龍田の艦内神社である龍田大社信貴山の丁度裏にあることを知り、行ってみることに。

信貴山には大阪側から登り、奈良側から降りることにします。鶴橋から近鉄信貴山口駅で降り、ケーブルカーに乗り換えます。終点の高安山駅で待ち合わせているバスに乗り、信貴山門バス停から徒歩10分強でしょうか。ホテルの裏の細い道を下りきつい坂を登ると、山腹に寺社が埋め尽くされています。中も細い道を上り下りし、諸々の神仏をお参りしていきます。中心にある朝護孫子寺は、醍醐天皇まで遡る由緒あるお寺であり、本尊の毘沙門天王は聖徳太子物部守屋を滅ぼす際の由縁だそうで。ありがたいのでご朱印をもらっておきます。待っている間、本堂内にある戒壇めぐりに行ってみました。地下道を壁沿いに手探りで歩き、奥にある仏さまにお祈りするというものですが、道中は完全に真っ暗でプチ修行的で面白いです。

奈良の方へ降りるバスが1時間に1本と限られているので、急ぎ足でバス停に戻ります。境内からは信貴山城址に登ることもできたのですが次の機会。王寺駅お好み焼きを食べ、奈良線三郷駅で降ります。

改札で薬の「改源」のパッケージに描かれている風神が出迎えてくれるように、龍田大社は風神として(主神が天御柱命)古くから信仰を集めているそうです。在原業平の歌で有名な龍田川ですが、脇を流れている大和川が相当するらしい。生駒山沿いを流れている今の竜田川は別物だとか。何やねん。山の裾にある神奈備神社も万葉集に多く詠まれているそうです。

坂をいくらか登ると龍田大社はあります。立派な拝殿がすぐ正面にあります。柱に斜めに巻かれた注連縄が龍のよう。参道にある砲塔と砲弾は日露戦争のときのものらしいです。大晦日の朝ということで出店の準備をしているおっちゃん達以外に人気はなく、社務所で何度も呼びつけてご朱印をいただきました。

さて、山を降り、和泉国一ノ宮である大鳥大社に向かいます。JRで天王寺経由で鳳駅で降ります。大鳥大社は、もともと当地の豪族だった大鳥連の祖神を祀っているのですが、日本武尊が死後白鳥になって最後に留まったという伝説にあやかって、日本武尊を合祀しています。商売上手ですな。境内前の参道が、かつて熊野詣でで往来が多かったというのが印象的でした。

白木の鳥居はとても大きく、何度も折れ曲がる参道には初詣の準備をする屋台が並びます。本殿は当時の造りを残していながらとても立派。それを取り囲む社務所がま新しくて、威圧感すら感じます。

 

 

日吉大社、建部大社

前日までに艦これ19冬イベがラスダン前まで到達したので、思い立って帰省することに。12月最後の日曜ということもあり、新幹線は全て満席なのはわかっていたので、自由席で適当な列車に乗り、デッキで立ったまま京都へ。そこから湖西線で4駅、比叡山坂本で降ります。といいつつ、疲れで眠ってしまい乗り過ごして戻るはめに。

日吉大社は全国にある日吉・日枝・山王神社の総社であり、軍艦比叡の艦内神社でもあります。縁起などはWikiなどにもありますが、比叡山山岳信仰から発しつつ、延暦寺の守護神として天台宗とともに全国にひろまったらしい。

最澄にとって、「山王」とは山の地主神を仏教的に表現したものであるといわれる。最澄が著したと思われる文書には、神名ではなくほとんど「山王 が使われており、あえて「神」とは呼ばなかった点に、仏教徒としての配慮がうかがわれるという。このような、最澄による「山王」の扱いが、後に、神仏習合の「山王神道」の成立を導いていったともされる。

とのことで、なにやらもやっとした形で神仏習合がなされていったみたい。

ちょうど居合わせたバスに乗り、バス停3つほどで神社に着く。歩くと15分ほどですかね。さらに少し行くと比叡山に登るケーブルカーがあります。境内はかなり広い。西本宮、東本宮と二つに分かれており、それぞれに摂末社を含む複数の社があります。大きな朱塗りの鳥居をくぐると砂利敷の参道が続く。初詣の準備で神札授受のためのテントが並んでいました。神様の使いである猿を入れる檻があったり、大威徳妙王が宿るという石があったり。

西本宮の大きな楼門をくぐると、中央に大きな拝殿と奥に本殿、といずれも大きな社殿が建っています。屋根は曲線を描いて大きく迫り出し、ところどころ雪をかぶっています。拝殿の入り口が開いていたからか、威容があるのだけど参拝客に対して懐を開いている、不思議な感触でした。

奥を抜け、山の裾を伝うように参道を歩き、いくつも連なる社を順にお参りしていきます。信長の叡山焼き討ちの後、江戸時代に再建された社殿なのですが、いずれも綺麗で惚れ惚れしてしまいます。特に東本宮は本殿が国宝だったり奥まったところにあったりで、雰囲気ありました。

小雨ぎみなこともあり比叡山は次の機会に。京阪坂本比叡山口駅から南へ下っていきます。京阪大津線沿線には、近江神宮三井寺石山寺と名所が並ぶのですが、時間がないので本来の目的地である近江国一ノ宮の建部大社を目指します。

唐橋前駅で降り、瀬田の唐橋を渡ってさらに数分歩くと、建部大社はあります。瀬田の唐橋といえば、やはり古田織部千利休の擬宝珠のエピソードですな。一個一個作られた時代が違うそうで。ただ見る限り乙なものはありませんでした。

建部大社は日本武尊を祀るために建てられたこともあり、皇室との関わりを紹介するテントがあったのが印象的でした。本殿は特に萱葺の屋根が綺麗。裏に回ると、菊花石というのがあります。石の表面にある石英(との説)の文様が丁度菊の御紋のように見えるのですが、成因はいまだ不明らしい。あと何故か手水舎に人感センサーがついていて、手を潅ごうとすると何やらしゃべりだすのが新感覚。

浦賀近辺:走水神社、村雨&峯風慰霊碑、比叡鎮魂碑

この日は、よこすか芸術劇場で開催される「響け!ユーフォニアム」の定演があるので、折角なので昼に浦賀近辺の艦これ関連史跡を訪れることにしました。

まずは、JR横須賀線衣笠駅で下車し、比叡の鎮魂碑に向かいます。はまゆう会館の手前を右に折れたところにある光心寺の境内にあります。といっても碑と供養塔があるだけではある。ワレアオバさんによると、本堂の中には乗組員の位牌があるそうで。

昼食をとったあと、衣笠十字路に向かいます。バス停は南に下りた少し先にあります。バスは、衣笠さんの名前の由来となる衣笠山の山間を走るので、上り下りがあります。目的地は満昌寺。20分に1本ぐらいで運行しているYRP野比駅行きのバスに乗ると最寄まで行けます。または10分に1本ぐらいあるバスで衣笠城址で降りて歩いてもすぐに着きます。

満昌寺には、直近の冬イベで実装が予定されている駆逐艦峯風の慰霊碑があります。墓地の中の高台にある赤御影石に艦名が彫られ、両脇の御影石には艦歴と乗組員名簿が彫られています。すぐに出会えるよう手を合わせてお願いしました。ちなみに、バス乗車時間、待ち時間、寺までの徒歩などどれも5分くらいで割りにすぐ着きます。なお、峯風慰霊碑への行きかたはやはりワレアオバさんのページを参考にしました。

次に村雨に慰霊碑に向かいます。衣笠城址のバス停からJR横須賀駅行きのバスに乗り、横須賀中央駅京急に乗って浦賀で降ります。衣笠から浦賀や30分ほどですかね。時間はあったので浦賀ドックに行ってもよかったのですが、丁度観音崎行きバスが居たのですぐに向かうことにします。浦賀ドックは折角なら公開の時期にまた来ようかと。

鴨居のバス停で降り、砂浜沿いの道を5分ほど観音崎の方に歩いて横道に入るとどんづまりに慰霊碑があります。デザインは峯風と完全に同じ。やはり手を合わせイベの完走を祈ります。

 次に衣笠の艦内神社である走水神社へ向かいます。観音崎から横須賀へのバスの途中にあるので、ふたたびバスに乗り観音崎に向かいます。観音崎では岬の海沿いを歩いたり灯台に登ったりしました。対岸に工場の影が見え、大きなフェリーが行き交い、まさに海の玄関といった感じ。開港してすぐ灯台の建設を求められたのも納得です。岬の他の場所には砲台が残っているらしく、冬場でなければ散策もいいかも。案内ページはこちら

 走水神社は最寄バス停のすぐ目の前にあります。初詣の準備が始まっており幟が立っていました。社務所はありますが人の気配はなし。急な石段の上に本殿があります。また脇には、ご祭神の一柱である弟橘媛命を祀る像や石碑があります。弟橘媛命といえば、日本武尊の后で彼の東征の際に荒れた海を収めるため身を投じたのですが、それが丁度この辺りなんですかね。次のバスまで10分ほどで時間があまりなかったので、境内を見て周ることができませんでした。

 バスで横須賀中央まで出て、時間をつぶし定演へ。席が三階でU字型の座席列の端のほうとひどかったのだけど、ホールの音響がよくて案外聴けました。

 

11/25 岐阜近辺の神社から犬山城、香嵐渓

この日の目標は国宝犬山城と紅葉で有名な香嵐渓。すぐ目の前の金華山の頂上に岐阜城が見えているのだけど、時間がないのでスキップ。その前に行きたい神社もあるので、6時半に宿を出てJR岐阜駅に戻り、そこから大垣方面の列車に乗ります。

美濃国一ノ宮の南宮大社は、大垣と米原の間にある垂井駅から歩いて15分ほどのところにあります。駅前には案内が何もないのですが、しばらく南に歩くと大鳥居が見え、さらに先に行くと小山のふもとに神社が見えてきます。広い敷地の先に朱塗りの門と主殿があります。江戸時代のもので重要文化財とのことですが、細かい意匠もきれいに残っています。関が原近くということで絵馬を掛ける柵には「天下分目難関突破」と書かれた板が掛かっていました。

倉庫のような建物の壁には、鋤や鍬や鎌など農作業で使う金物が木札に貼られて供えられていました。南宮大社の主神である金山彦命は鉱山の神様で、全国の鉱山と金属業の崇敬を集めているらしいです。なお、宝物殿には長船の大太刀や日本に5本しかないという三条の太刀などが納められているらしい。

早朝だったので社務所も開いておらず、摂末社がある山のほうを少し周ってすぐに戻ることにします。山の方には関が原のときの安国寺恵瓊毛利秀元の陣地跡があるそうです。

岐阜に戻ってまた長良川方向のバスに乗り、その手前にある伊奈波神社へ向かいます。前日も思ったのですが、岐阜駅前のロータリーがとても立派。夜は青色のLEDでライトアップされていて綺麗でした。長良川方向は5分ほどに1本バスがあり、日曜の朝なのに人の乗り降りも多く、市民の足になっているようです。長良川近辺も散策するにはあまりにそれぞれの観光スポットが離れています。長良川が「僕らはみんな河合荘」の聖地であることから、河合律ちゃんを探してきてくれと密かに命を受けていたのですが、とても探しきることはできない。捜索にはレンタサイクルが欲しいところです。

 伊奈波神社は、尾張国三ノ宮であり、長良の艦内神社です。神社はバス停から5分ほどいった山のふもとにあります。本殿までずっと坂になっていて、山門の手前の坂道に七五三に訪れた参拝客の車が多く停まっていました。山門もその手前にある神橋も古めかしくて趣があります。そういえば、愛知・岐阜の神社には、どこも神橋と神馬の像がありました。他のところでは特に目につくこともなかったんですよね。京都ではどこの神社に行っても、猪が神様の使いとして祀られていましたし、地域性ってあるんですかね。

参拝の前に手水で手を清めようとして柄杓を見ると、底に奉納した方の名前が書かれているのですが、12本のうち3本が河合さんからのものでした。調べると、河合姓はとくに愛知・岐阜に多いらしい。「~河合荘」にこんな裏ネタがあったなんて。リアル河合律ちゃん探せばいるんじゃないのこれ。

さて、帰りのバスを名鉄岐阜で降り、犬山城へ向かいます。名鉄各務原線で1本で行けます。なんとなく犬山駅で降りてしまいましたが、距離的には犬山遊園駅のが近そう。ただ、城までの通りが賑わっているので結果的に犬山駅でよかったかも。11時すぎだったので、昼飯時ではあるのですが、後の時間も気になるので城に向かいます。

犬山城は国宝ですが、わりと最近(2004年)まで城主がいた(個人所有)ことで有名です。その城主である成瀬家って、成瀬正成の子孫なんですね。成瀬正成といえば「境界線上のホライゾン」のマルガ・ナルゼの元ネタです。境ホラ完結おめでとうございます。それはさておき、そこまでの歴代城主もなかなか著名人だらけです。天守閣に登って歴代城主のリストを見て、犬山城どんだけやねんと、思いつつ、天守閣からの眺めにここが徳川にとって西を睨む重要拠点だったというのにも納得できたのでした。ただ、城の周囲には郭など当時を偲ぶものはあまり残っておらず、興ざめな感も否めないです。

 犬山城から犬山遊園駅の途中には国宝の茶室如庵があります。敷地の有楽苑の名前の通り、織田有楽斎のもので、元は建仁寺横の正伝院にあったのを何度か移築し今はここにあるらしい。半年前の茶の湯展で見た待庵の復元やら映像、あるいは過去に見た茶室と比べて息苦しい感じがなく、割と面食らったのですが、Wikiの説明にある、

二畳の小間と違ってゆとりがありかつ緊張感を失わない室内空間は、「二畳半、一畳半は客を苦しめるに似たり」と言い切った如庵・有楽斎の面目躍如と言うべきだろう。

を見て妙に納得。わりとしっかりと見ることができて案外楽しい。如庵だけでなく、有楽苑全体に庭の造りも他の茶室も作意が行き届いていていい場所だと思います。

 さて、ここから香嵐渓に向かうのですが、事前に調べたところ香嵐渓までのバスが出ているのは、豊田市、八草、浄水、東岡崎の4駅です。このうち浄水からは1時間に1本、他は2時間に1本です。ただ、犬山からの便のよさと直近のバス発車時刻を見て、豊田市から行くことにします。

豊田市だと、犬山線新鵜沼豊橋行の特急があるので、知立まで一本で行けるんですね。40分待ちとなるけど、昼飯食べればいいだろうと、駅を出てバス停に行くと、乗り場案内に数人いて英語で説明を書いたスケッチブックをかざしていて、これは何やらやばいとファーストフードで急いで食事を取って戻ると、さっきまではなかった待ち行列が出来ている。その半分以上は海外の人でした。さらに案内の人によると、道路渋滞のため香嵐渓には2時間かかるとのこと。これはもしかして今日帰れないのではないか、と帰りのバスを調べたり、運賃を払えるよう帰りの分もあわせてお札を崩したりしているうちに、待ち行列はどんどん伸びていく。運よくバスでは座れたのだけど、最終的に乗れない人も居ました。

バスは途中まで順調でしたが、道が一本になる足助追分の手前から大渋滞。あまりの動かなさにみんなバスを降りて歩き始める。約20分ほどで香嵐渓に辿り着きます。渓流沿いの小山の山腹を紅葉が連なっています。それにしても人が多い。

橋を渡ると、紅葉を視界いっぱいに収めながら、山の斜面を歩くことができます。まだ少し早かったか緑のままのツツジもちょいちょいありましたが、それでも中々の絶景です。山の上にあるお寺の境内は秋の京都のような趣がありました。3連休はライトアップがあるとのことで、日が落ちてくると根元に用意された照明が紅葉を照らし上げます。ただ、このライトがオレンジなので、紅葉もありえないほどにオレンジに輝いていて、ドーピングはどうなのよとちょっともにょっていました。

 さて、問題の帰りですが、バスが予定時間に出る保証がそもそもなく、出てもずっと渋滞で、どうなるか全然わからない。とりあえず一本道になる交差点の方に歩いていきます。途中の停留所で人が多く待っていたので、しばらく居るとバスが来たのでとりあえず脱出することが重要なので乗り込む。東岡崎行きでした。1時間半ほどかかって到着できました。

名古屋に戻り、帰りの新幹線まで1時間ちょいあったので、仲間内でちょっと話題になっていた大名古屋ビルヂング地下の名古屋コーチンのお店で親子丼を。帰りも指定席グリーン席ともに完全に売り切れていました。あらかじめ買っておいてよかったのですが、ちゃんと間に合ったのは割りと運で、いつも通りの綱渡りな旅でした。