8/18 立石寺/米沢

宿での朝食の時間もあって、この日は、立石寺と米沢のみの観光となる。当日の予定は以下の通り。

  • 肘折温泉10:00→新庄10:55
  • 新庄11:40→羽前千歳12:45
  • 羽前千歳14:04→山寺13:15
  • 山寺14:57→山形15:17
  • 山形15:24→米沢16:17
  • 米沢20:12→東京22:24

立石寺のある山寺へ乗り換える羽前千歳の狭いホームは、観光客でいっぱいになっていた。立石寺芭蕉の句でも有名とはいえ、山寺という駅名も大胆ではある。

駅を降りると、せり立つ山壁にお寺の屋根が見える。登山口とある石段を登ると、根本中堂がある。賽銭箱に布袋像が載せられている。肩や腕に小僧の神様を数人載せているが本人は意にも介さずにこやかに笑っている。お腹をなでるとご利益があるとのことだが、その謂れも含めて狸みたいである。

境内は広く、さまざまな像や石碑や石塔がある。

 

 

8/17 鳥海山&肘折温泉

本来は前日に鳥海山大物忌神社と酒田観光、この日に最上川下りと肘折温泉をめぐる予定だった。しかし前日に移動ができなかったため、鳥海山を第1として後は都度考えることとする。

朝食はほっとする美味しさでした。特に取り上げるなら、庄内産黒もずくのお味噌汁ですかね。ぷりぷりとして歯ごたえのあるが味噌汁の中で踊っていて、美味しいけど不思議な味噌汁でした。

想定していた乗り換えは次の通り。

  • 鶴岡 9:00→酒田9:31
  • 酒田9:35→吹浦9:53

鶴岡へ向かうバスの乗り合わせが悪いため、タクシーで駅まで行った。しかしJRは前日の大雨でダイアが乱れており、結局望みの列車が来たのは63分後でした。遅れや運休があることはわかっていたのだが、これだけ遅れるという情報はネットでは見つからなかったんだよなー。まー詮無い。

酒田を目指しながらこの後の予定を考える。1週間前の最上川への大雨の影響で、酒田ー新庄間は列車が完全に運休しており代替バスでの運行となっていた。最上川下りの営業所に電話をすると、一応午後から営業を再開すると言っている。しかし、予定通りの運行はとても期待できないことから、最上川下りも酒田観光もとりやめ、鳥海山のみを目標とする。

次の吹浦行きの列車は12:29発であり、酒田ではしばらく時間があったので、駅から歩いて20分ほどにあるラーメン屋満月に行くことにした。

開店の11時は過ぎてしまったので、しばらく待つことに。平日だから言うてそんなに客来ないだろうと思っていてたが、後からどんどん客がくる。ワンタンも麺も確かに美味しかったです。澄んだ出汁に醤油のきりっとした味とやわらかいワンタンの味のコントラストが素敵でした。

ここからの予定は以下の通り。吹浦での鳥海山大物忌神社の参拝が実質30分、酒田でのバス乗り換えが4分しかない、というまたリスキーな予定である。

鳥海山も山頂に本宮があって、ふもとの吹浦口に社務所と里宮がある。まーこんかいは参拝のみ。吹浦駅から歩いて10分弱で神社に着く。木に囲まれた急な石段を登ると、開けた場所に拝殿が建っている、裏の石垣の上に大物忌神社の本殿と、摂社として月山神社の社殿が並んで建っている。2つが全く同じ形で並んでいるので面白い。青空の中、周囲の森の緑が涼しげで、石砂利の上にすっと建つ社殿とその前にどっしりと聳える大木の存在感との対比をしばらく味わっていました。

帰りの電車が酒田に着くや、改札への階段に駆け出し、改札を出てコインロッカーからリュックを取り出して、駅で切符を買って、とばたばたしたが、無事乗り換えも出来た。バスは最上川沿いを走り20分遅れで新庄に到着。バスの車窓からは支流と合わさったり、曲がりくねったりと、最上川の様子を楽しむことができる。川が茶色に濁っていたのは残念だが仕方が無い。

新庄駅での待ち時間はほとんどなく、やってきたシャトルバスに乗り込む。郊外から山道へと1時間ほど走ったところで、山間の沢に温泉街の旅館がひしめいているのが見える。斜面の狭い道を降りていくと、200メートルくらいの狭い一本道に旅館が並んでいる。

宿に着いてからは、泉質が違うという公衆浴場に入りにいったり、宿の食事をいただいたり、宿の温泉に入ったりしつつ、艦これのメンテ明けを待つ。何をしてるんだか。明け即ログインして、夜更かしして海域開放を進め、朝に貸切風呂に入ってまたゲームを進め、となかなか優雅なプレイでした。

8/16 加茂水族館&湯田川温泉

前日からの予報の通り、台風の影響で東北全体にわたって朝から豪雨だった。鶴岡は雨脚は強かったがどうしようもないというほどでもない。しかし、列車には影響が出ていて、ほぼすべてが運休になっていた。

こんなときのために、と鶴岡近くにある加茂水族館に向かうことに。

加茂水族館は、クラゲの養殖・飼育の研究も行っている、クラゲに特化した水族館になっている。この日は、家族連れを中心に大混雑だった。

入り口に、庄内磯なるものの紹介がしてある。庄内藩では武士も含めて磯釣りが盛んで、藩主が釣りを好んだ記録が残っていたりする。「庄内竿」はブランドとして今も残っている。庄内竿のWikiのページに歴史含めて紹介があるが、ここでは書ききれない庄内藩の釣りキチぶりを知ることが出来る。館内にあった年表からいくつか引用する。

寛政~文化年間 神尾文吉という大物をねらう釣りの名人が現れる。庄内の釣り師は生田派の「技術派」と神尾の「豪快派」にだいたい二分される

文政10年 第10代庄内藩主酒井忠器が釣りに関する「お触書」を出す。釣りで遠出することは武用の一助となるので容認するが、無用な争いや事故のないようにせよとある。

嘉永3年 第11代庄内藩主酒井忠発が温海温泉で磯釣りをする。この頃には釣り道具は自分で用意している。夜まで釣りをしていたという記録がある。

名竿と呼ばれる「榧風呂」のエピソードなどみても、藩をあげて手に負えないヤツラである。実際明治維新で、庄内藩は官軍に抵抗して最後まで戦ったが、夜釣りの遠出で鍛えた足腰で連戦連勝だったとか。

館の展示は、別に竿を扱っていることはなく(そらそうだ)加茂近海の魚や近辺の沢に生息する淡水魚の後、各種クラゲの水槽がある。特に小指の先ほどの小ささでカサの縁のみが発光する小さなクラゲで、微妙にいろんな種類がいて、面白い。また、養殖しているクラゲが生後1日から数日後まで成長する姿を見ることができる。

展示の目玉は大きな水槽に2000匹ものミズクラゲが泳ぐクラゲドリームシアター。少しずつ大きさの違うクラゲが奥行きをもって揺れる様は、プラネタリウムを見ているようである。

一通り見てから、昼過ぎに鶴岡駅に戻り、駅前の料理屋で名物である麦きりを食べる。そばのような細いうどん、あるいは少し太めの冷麦である。雨で寒かったので温かいつゆで食べたが、にゅうめんを食べているようだった。これはこれでありなんだが、美味しい麦きりがどんなのか気になる。

電車が動いていないので、もうどうしようもなく、宿をとっている湯田川温泉に向かう。泊まったのは食事が評判の九兵衛旅館。とはいえ、夕食は宿泊予約時ですでに予約で一杯で、外で食べることになった。

すぐ近くには、映画「たそがれ清兵衛」のロケに使われたという神社があった。庄内地方映画のロケに使われることが多く、また藤沢周平が鶴岡出身ということで、なにかと時代劇づいている。庄内の歴史の深さ、文化のユニークさが今まで息づいているをこうやって有形無形の姿で感じることができるのは面白い。京都も、わかりやすい遺産としてだけでなく、ある程度逗留していると長く積み重ねてきたオリジナリティを町並やメンタリティから感じ取ることが出来るのだが、それと同じような歴史の色あいがある。

夜は近くの焼き鳥屋で食事。どこで飲んでも日本酒が美味しい。

8/15 羽黒&湯殿山

出羽三山の中でも奥の院に位置づけられる湯殿山へ行く手段はシーズンの間だけ走るこのシャトルバスに限られる。

http://www.shonaikotsu.jp/images/tourism/shuttlebus2018.pdf

早朝に羽黒山の後、このバスにあわせて湯殿山へ行くスケジュールを組んだ。

羽黒山といえば、2000段あるという山頂の石段。前日の月山登山のダメージもそれほどなく登るしかない。

随神門を抜けると木々の間を抜ける参詣道が延々と続いている。しばらく進むと国宝の五重塔がある。今年は特別に内部の一般公開があるのだが、開くのが9時半とのことで中を見ることはできず。白木造りでゆったりした姿の五重塔が、鬱蒼とした森の中に聳えているのは、につかわしくないというかどきどきするというか、異質な空間でした。

そこを過ぎると本格的な登りが始まるのだけど、単調に登るのではなく、3つに分かれて坂がある。途中いろいろ社があったり、踊り場のように平坦になったり、さまざまな参道の景色を楽しめる。

参道の周囲は今はもう木々しか見えないが、往時は修行僧が過ごす別院もあったようだ。出羽三山の羽黒山ページによると、「山上には維新まで本坊を始め30余ヶ院の寺院があり、肉食妻帯をしない「清僧修験」が住み、山麓には336坊の「妻帯修験」が住んでいた」とある。参道には、芭蕉の句碑もあった。やはりかつてあった南谷別院で句を詠んだらしい。実際に見た南谷別院跡は草もぼうぼうで、望んで奥まで見に行こうというものではなかった。

石段を登りきると、開けた神社の敷地にいくつもの大きな社殿が建っているのが目に入る。中央にあるのが三神合祭殿で、その名の通り三社の神様を奉っている。まーでかい。その壮麗さに、これでいいのか修験道とも思ったが、まあ逆にいえばらしいのかも。石段登りに疲れたこともあり、だらだらと見て周る。羽黒さんの秘仏(意味深)とか、緻密っちゃ緻密だけどまあ普通。

 三神合祭殿の中をご祈祷を受ければ見ることができるようなので、湯殿山から戻ってきたら受けることに決め、バス停に向かう。普通の長距離用バスだったが乗客は意外に少ない。

湯殿山仙人沢は駐車場などもある登山口で、15分ごとに山頂まで登るバスがある。山頂は撮影禁止だけでなく「語るなかれ、聞くなかれ」ということらしい。出羽三山神社の湯殿山のページ、Wikiの湯殿山のページ、Wikiの湯殿山神社のページでおおよそ書かれている範囲について言うと、素足で参拝する、ご神体への参拝と末社の参拝を行うことができる、ご神体に社殿はなく直に参拝できる、足湯がある、である。ご神体はある意味わかりやすいほどにわかりやすいが、それゆえに安易にとらえらえない。ただ、観光客のように参拝したこの身では、そのコンテクストを十分に解することはできず、ただうろたえるのみであった。

ともあれ、帰りのバスの時間は迫っており、行きはバスを使った山道も帰りは早足で下ることとなった。まあ5分くらいで着くしオススメ。

羽黒随神門に戻ってきて、5分後に来るというバスを待っていると、空車になったタクシーが目の前に止まって4人連れいる?とかいうので、相乗りできるなら乗ります、と声をかけた。すぐ後ろにいたちょっと年下の男女も、同じように声をかけたので3人で相乗りすることに。話をしてみたら、同じ兵庫県出身で割りと同郷だった。大阪もかもだけど兵庫もわりとイラチが多いよな。

山頂に着くと礼もそこそこに参集殿に走り、14:00からの祈祷の受付をする。すぐに本殿に通される。祝詞を粛々と聞き、拝殿の中に通された後は、深々と伏した体勢で肩を鈴で撫でられたり、など。

もっとのんびりしてもよかったのだけど、お風呂に入りたかったので、羽黒山頂からバスで「やまぶし温泉ゆぽか」に。普通に共同浴場ですが、全体にきれいで広めでいいですね。昼ごはん食べてなかったので、あとで名物のやまぶしラーメンをいただきました。白湯ベースでニンニク(行者ニンニクってこと?w)が効いていて、野菜たっぷりでした。

宿に帰ってから夕食はとらず、お祭りの屋台で買っただだちゃ豆をつまみながら、出羽神社でもらったお神酒を飲んでました。

 

 湯殿山と「語るなかれ、聞くなかれ」について、この記録を書きながら考えたことを残したい。とりあえず参考に見たURLだけ。

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8/14 月山

月山登山はこの旅行のメインイベントで、このために体重を10キロ落とし、トレッキングウェアやレインウェアも一式買ったのだった。天候も考え鶴岡に3日滞在した。しかし、台風の影響で4日ずっと曇り、しかも後になるほど天気がくずれるとか。そんなん想定してへんよー。

登山経路はオーソドックスに月山八合目と頂上を往復するというもの。駅のコンビニで庄内米のおにぎりを買い込みバス停へ。

  • 鶴岡駅前(1番)6:02→月山八合目 8:00
  • 月山八合目 16:00→鶴岡駅前 17:50

帰りのバスは実質1本しかない。時間に余裕はあるとはいえ絶対に負けられない戦いがそこにあった。

気温は15度ほどで風もややあるが、半そででもいい感じ。しかし天候は曇り。視界は保たれているもの全体にガスってて、眺望は期待できない。

湿原にかけられた木の廊下を20分ほど歩くと、登山口に出る。トレッキングでも初級に位置づけられていることもあり、登坂が急とうことはない。ただ如何せん登山スキルが低くて、岩場を歩くのに難渋する。杖買っとけばよかった。減量のおかげで心肺的にやばくなることがなかったのが幸いか。

途中では、遠くは晴れていて時折景色を楽しむことができたが山頂に近づくとガスが深くなる。それでも他の登山者も多いことで経路的に苦労はなく3時間で登頂することができた。

 

ちなみに最上の艦内神社である。堀のように石積みされた壁の中に神社はある。入り口の鳥居には、本国総鎮護の文字が。参拝には入り口で神主にお祓いをしてもらう必要がある。また境内は撮影禁止。山門をくぐると石造りの本殿と、狛犬に代わって左右に兎の像が建っている。周囲の石壁には、小さな摂末社が並んでいる。わからないのは本殿の裏に劇の小道具のような剣が何本も納められていた。

参拝の後社務所で悩んだ末ご朱印帳を買う。わりとこれまでご朱印帳は拒絶してきたのだけど、出羽三山、と表紙に書かれると、まあこのためだけでもいいかと。

神社を出ておにぎりを食べ、メールでも書くかとタブレットを触っていると、やおら雨が降り始めた。おそれていたとはいえ、本当に降られるとは。レインウェア買っておいてよかった。

下山は時折の雨中行軍を強いられる。9合目の山小屋では雨脚が強まりしばらく様子を見たが止むことはなく、覚悟を決めて8号目まで降りきったのだった。かかった時間は3時間半。着いたのは3時半だったのでバス発車まで余裕がなかったのだった。

無事鶴岡に戻り、夕食のため街のほうへ。しかし前日ついたときも思ったが、市内は食べるところもなければコンビニもない。唯一買い物できるのは、市内チェーンのスーパー主婦の店銀座店。その後食事をした洋食店できいたところ、車社会なのでみんな買い物は郊外のモールに行くらしい。

食事の後は町の中心にある鶴岡公園へ。元は庄内藩の鶴ヶ丘城、さらに城プロ的には大宝寺城の跡地である。そういえば、困るとほら貝をぶほおおんと吹き鳴らす悪癖を持つ大宝寺城ちゃんは修行で験力をつけてるとのことだが、月山で山伏姿で登山する人たちも神社でもほら貝を見ることはなかったですな。現代人のほら貝離れなのか、明治以降の廃仏毀釈の影響なのか。修験宗廃止令なるものもあったらしいし。

ちょうどお盆祭りである庄内大祭の宵宮とのことで、庄内神社では舞などの奉納が丁度終わり、神幸祭が始まるとのことで参加した。拝殿に並べられた3騎の神輿の前で参拝者は首を垂れる。この神輿に代々庄内藩主を務めた酒井家の、忠次、家次、忠勝のみたまを遷すいう大事な儀式である。神主の祝詞の後、しちりきをバックに、神主らの音声が続く。なんとも神秘的な一幕でした。 

 

 

8/13佐渡

出羽三山に行くことを決めて思ったのは、こういうときでもないと佐渡に行かんだろ、ということだった。そんな話を佐渡汽船乗り場へ向かうタクシーで運ちゃんに言ったら、前もそういう人いましたよ、なんてことを言われたり。


そんな佐渡もいろいろ調べたものの、島の大きさもあり、佐渡金山およびその近辺に絞ることにした。

3本目のバスは両津ー相川の主線ではなく相川循環のバスで、事前に時刻表を調べてて見つけられなかったり。

佐渡金山で見学できる採掘坑は、江戸時代の宗太夫坑と明治時代の道遊坑とある。宗太夫坑は、とりあえず掘り進むアリの巣のようで、見学も中を登ったり降りたりする。水抜きが重要なので、斜めに掘られた穴に当時の作業を再現する人形というかロボットというかが動いている。わかりやすいっちゃやすいんだけど、なんか萎えるんすよ。あとは見学できるところが意外に少ないので、史料性を感じない。明治の道遊坑のほうが、分かりやすい分見ていて納得感はある。歴史的価値は疑うまでもないのだけど、歴史遺産への選考に漏れているというのも、まあそうかもね、と思ってしまう。ただ、道遊の割戸はやばい、人が掘りすぎて山が割れたということだが、あんな掘ったらそら山の形もなくなるわ、というもの。

金山からバスで降り、佐渡奉行所跡と北沢浮遊選鉱場へ。佐渡奉行所は、跡地に建物を再現しただけなので、当時の雰囲気を感じるにとどめるだけだけど、場所的に丁度相川の町を見下ろすことができるので、佐渡の海も含めて眺めを楽しむことができる。

北沢浮遊選鉱場は、本当にここで何が行われていたのかわからないぐらいすごい。これを見るためだけで佐渡に来た価値があるというもの。

 

山の斜面にここぞとばかり埋め尽くされた選鉱場は、人ならざるものが住まうマンションのようだし、川を挟んで建つシックナーは工業的用途とは思えない壮麗さがあり、もうどれだけ写真を撮っても飽きなかった。

帰りの乗り換えはこんな感じ。 1本目がやはり相川循環のバス。なかなか奇跡的な乗り換えである。

バス平日時刻表

時間を作ることが出来たので、佐渡汽船乗り場から歩いて万代ピアにある回転寿司弁慶へ行ってみるものの、待ち時間45分ということであきらめる。代わりに屋台で売っていたほたての醤油焼きとのどぐろの塩焼きを食べる。ほたては普通だったけど、のどぐろは脂がのっていて美味しかったです。

新潟から特急で鶴岡へ。着くのは夜になりそうなのと、鶴岡は食べるところがなさそうに思えたので、新潟の有名な駅弁である、新発田三新軒のえび千両ちらしを買う。薄くきった玉子焼きの下に、えびうなぎいかこはだと敷かれていて、甘さとしょっぱさが素晴らしいバランス。

あつみ温泉のあたりで、丁度日本海に日が沈むタイミングに。醤油で煮た卵の黄身のように赤く丸い太陽が、水平線に接して浮いていたと思うと、数秒で姿が見えなくなる。なかなか得がたいものを見ることができました。

8/12 新潟・新発田

いつもならほぼ始発で移動を開始するところ、前日の家飲みを鑑み、7時前に家を出る予定を立てる。朝起きれるか心配だったが、ドラム缶をぶち叩いたような雷雨に3時に起こされる。目標は越後国一ノ宮の弥彦神社

燕・三条近辺も評価の高いラーメン屋が多く、燕三条系ラーメンなんてWikiページもあるのだが行くすべもない。粛々と参拝に向かうとする。

稲穂が頭を垂れ始めた水田、連なる緑の山々、高くに雲を残す青空、とザ新潟な車窓の景色を望み、弥彦線はまっすぐに弥彦山に向かう。社を模した駅を出て、緩やかな上り坂を10分ほど歩くと、こんもりとした森と立派な大鳥居が見えてくる。

弥彦神社境内は森閑としているものの、暗く閉じていることもない。こういう参拝客をやさしく受け入れる神社には、いつも感慨を強く覚える。

 二の鳥居の先、随神門をくぐると、開けた境内に広い拝殿がある。敷地といい新しく感じたが、どうやら明治の火事の後に場所を変えて再建したらしい。お参りした後、参道の裏手にある摂末社に行くと、七五三のように着飾った親子が写真をとってもらっていた。主神であるおやひこさま(伊夜日子大神)の6人の子供が祭られている神社の摂社などが建てられているのだが、白木造りのちんまい社が森の中に並んでいていい雰囲気。

もう少しのんびりできるとよかったのだけど、帰りの電車が1時間後なので軽く境内を見て帰る。宝物殿にある2メートルもの長さがある志田の大太刀はなかなかのインパクトがあります。 

宿に荷物を預け、遅い昼飯に。新潟市観光には次のサイトを参考にしました。

 

travel.spot-app.jp

 

新潟は駅も街も大きいので移動も手間なのだけど、せっかくなので有名なイタリアンを食べに行く。艦これ4コマでは、イタリア戦艦の歓迎会に三日月が阿賀野妙高と準備していた謎のジャンクフードである。お店の"みかづき"は、街のまんなかにあるバスセンターの2階にあります。街はちょうど「新潟まつり」の最終日もあって、交通規制をして道路にステージを作ったりえらい賑わい。

 

niigata-matsuri.com

 バスセンター1Fのカレーうどんが有名な立ち食いうどんがすさまじい行列だったのに比べると、みかづきはまあすぐ食べられた方かも。イタリアンとはやわらかい焼きそばにトマトソースをかけたもの。量も屋台の焼きそばぐらいで、味もいい按配のジャンクさ。

この後、祭りを見て回ってもよかったのだけど、折角なので新発田に向かう。 

 

白新線阿賀野川を越えて40分ほどに新発田はある。お目当ては日本百名城にあげられている新発田城堀部安兵衛。chusingura 48+1の安兵衛さん好きなんすよね。

駅で居合わせたコミュニティバスに乗り新発田城へ。横に長い石垣の端に建つ櫓は三面のしゃちほこで有名だったりする。当時の遺稿である石垣はきれいに残っていて、正門の横のシケインになっている堀や築山しかない二の丸跡などにも、かつての面影を感じることができる。城から安兵衛生誕の地までの道のりでも、あちこちに町割を表す立て札が立っていて、新発田が城下町として長く続いていたことを知ることができる。

  • 白新線 新発田13:51 14:55 15:47 16:39 17:01 17:44 18:22
  •             →新潟14:30 15:32 16:22 17:22 17:41 18:26 19:06

5時すぎに新潟駅に戻ってきて、これまだ新潟のソウルフードと呼ばれるたれカツ丼を 食べに行く。

とんかつ太郎

 夕食に丼なんてやばすぎぃとせめてヒレカツ丼にする。ちょっと硬めのヒレカツに甘辛いタレが浸してあって、美味しいお米がさらに食の進むというもの。ヒレとロースのハーフ&ハーフとかあるといいのにね。

食事の後は、白山神社へお参り。参道に連なるアーケードは古びているけど新しい店もそこそこあってなんか不思議な感じ。カルチャーに関する案内(講演会や展示会の)が多く張り紙されており、とくに歴史とマンガに関するものが多かった。新潟は(あと山形も)著名なマンガ家を多く輩出していることもあるのだが(高橋留美子とか。NAVERまとめ)、そういった活動が地域に根ざしているようだった。とくに江戸時代の明和の頃に藩の圧政に抵抗した人々を称える明和義人祭というのが8月末にあるということで(→新潟明和騒動)、関連した催しが企画されていた。

 

新潟市内をぶったぎって流れる信濃川に沿って建てられている白山神社は、まさに街のど真ん中にあり、新潟まつりの花火もここの近くで上げられるみたい。狭い境内の参道に屋台が並ぶ。中にはぽっぽ焼きや玉こんにゃく(これは山形だけど)ローカル色のある屋台も。わき道に入ると、ハスが見事に生い茂る池が。なぜか平泉中尊寺に残っていた奥州藤原氏時代のハスの種を蘇らせたものをいただいたのだとか。池を埋め尽くすハスの葉に蜂の巣を思わせる種やらあの多弁な花やらが見え、あっちの世界に来てしまったようではある。

お社は、門(随神門)も拝殿も本当に立派で、さすがの新潟総鎮守。拝殿の裏には、白山の石を祀ってあったり、いろんな他の神社の社があったり、何もないときにまたのんびり訪れたいです。

日も落ち始めてきたので、花火の観客で溢れる信濃川沿いを歩いてホテルに。次の日がなければ見たんだけど。