メディア芸術祭マンガ部門受賞者シンポジウム

ヴィンランド・サガ』で大賞をとった幸村誠先生と、主査のしりあがり寿氏、審査委員の細萱敦氏によるシンポジウムでした。今回もがんばりましたよ。
注意:以下は講演者の話を私が聞き取ってメモしたものです。発言者の意図を正確に反映していないおそれがあります。

しりあがり
マンガ部門328作の応募。ストーリーマンガが120ほど。
大賞の幸村さんには〆切の忙しい中来てもらった。

幸村
〆切は昨日だった。編集の方2人は一番前で見張っている。
これが終わったらまた仕事場に帰れるよう車を待たせている。

しりあがり
まず紹介と苦労話を

幸村
苦労話といっても実はそんなにしてない。あるとすると…。
最初は週刊連載だった。週刊少年マガジンで連載を始めた。
それが複雑な理由により遅かったからw
2巻分書いたところで月刊のアフタヌーンに移籍した。
その連載ペースもどうだろう。。。
連載を始めるに際してまず取材だった。北欧各国に足を運び
資料を集め。国内のバイキング資料が少ない。一番欲しかったのは
ビジュアル。服は? 船は? 髭は? そういうこと。
まず目で見る、絵で描く資料を集めるところで多少苦労した。
でも、自分より2人のアシスタント、担当の苦労が。。。
ごめんね♪
すぐ描きます。。。。。
皆に苦労を押し付けつつここまで来た。ありがとうございます。

しりあがり
審査でも取材など評価が高かった。テーマが珍しいけどきっかけは?

幸村
最初は高校生の頃、バイキングを授業で習って。
本当はその前に小さなバイキングビッケを見てた。でもそのときは
フィクションだとして見ていた。
世界中を荒らしまわって、影響を与えて、突然消える。それが面白いと思った。
あと、バイキングの面白さもあるけど、どうしてこんなに戦いが好きなんだろうと。
闇雲に戦って、他国を占領する、という民族的アイデンティティ

しりあがり
マンガ家の立場で考えると、読者に馴染み無いとか、取材多いとか、色々
大変だと思うけど、どのように編集を説得したのか。

幸村
いや、説得をした覚えは実はない。
担当編集さんは、どうせ描きたいものしか描けないのだから、と止めようとしなかった。
儲かる儲からないはあんたに関しては考えない、と。よく描かしてもらえたなと。

しりあがり
取材は連載起こす前に行った?

幸村
大分前に行った。自腹で。
その様子を見てやめようと言えなかったのかも。

細萱
改めて作品を読み直した。デビュー作のプラネテス、2作目ヴィンランドサガと、
主人公がどんどんここでない何処かへ行ってしまう、という点で共通している。
何かそういう放浪とか流浪というのを書きたいと思っている?

幸村
はい。
学生の頃は、学校のない国に行きたいと思っていた。
今は〆切のない国に行きたいと思っている。
つねにここじゃないところに行きたいと思い続けて33になったw
今を全部肯定することはとてもできないと常々思っている。
いい年して14歳くらいの思考回路だけど。

細萱
VS、どこまで続くのかなと。タイトルのヴィンランドとは、アメリカ大陸を指す。
ぶどうの生える国、という意味。今イングランドを攻めているけど。
ある一派は傭兵として各地を転々としその中から王が出てきて、北ドイツからフランス、
イングランドと西へ向かう。一方でそこから逸れて定住するものもいる。グリーンランド
とかアイスランドとかアメリカとか。そこまで続く話ということ?

幸村
アメリカ行きます♪
一番言っちゃいけないことだけど。
どうせうすうすわかってるでしょw

ヴィンランドのヴィンはぶどうの意味。ただ最近の研究では草原の国という説
もある。歴史的には比較的他のデンマーク人に比べたらアイスランドグリーンランド
カナダに行った人たちはまだ平和な移住をしたのではないかと。それも不思議。
戦争を嫌って辺鄙な方へ行ったとしか思えない。それがとても
面白い。あんなに戦い好きな民族なのに中にはそういう連中もいるのかと。

細萱
作品でも、戦いたくない人もいれば、戦わざるをえない王子とか、さまざまな形で
登場人物が戦いと平和の間で揺れ動いている。

幸村
自分は戦いは苦手
スポーツでも戦うというのはやる気にならない。
理解せずにここまで来たけど、がんばってみようかなということで。
描いてわかることはできるだろうか、と思って乱暴なシーンも書いている。

しりあがり
戦いの場面、自分から見るととても迫力がある。
自分の中で血が騒いだりする?

幸村
男の子ですから、ブルースリーを見たあとはアチョーとなるけど、
でもどこかで冷めている。演出家とかカメラマンとそんなに違わない感じで描いている。
皆に興味を持ってもらうためにカッコよく描いているけど、基本的に
野蛮というところを外さないように描いている

細萱
歴史的にもバイキングが西の方を攻めていく頃、丁度キリスト教
北欧の人間にとっては新しい宗教が流行って、神についての考え方が
変わっていく時代でもある。北欧では神話の通り、戦いで認められた
男だけがヴァルハラに行けるというものだった。それがキリスト教
入ってきて平和に暮らす、楽園を求めなきゃいけないというように。
そういうのもこの作品に描かれている。

幸村
バイキングたちの楽園像、まさにヴァルハラ。
そこでは朝から晩まで戦士たちがホールみたいなところでチャンバラ
をやって、一度死んでいるから切られても死なない。で、夜には
どんなに食べてもなくならないお肉とどんなに飲んでもなくならない
お酒でドンちゃん騒ぎ。で寝てまた朝からチャンバラ。嫌ですよねぇ。
男の考えた天国。
じゃあ女の人たちは、子供達は何を望んでいたのだろう。
新しい平和像を望んでいた人がきっといたと思う。そういう歴史に
残っていない部分を描きたいと思っている。

しりあがり
お父さんのトールの生き方、描かれ方は面白いと思っている。
今流行っている「アバター」でも結局戦って勝たないと問題が解決していない。
そのために犠牲をいっぱい払う、それはどうかなと思う。
このマンガではお父さんは悲劇の人になっちゃっているけど、作品の中で
そういう風に模索している感じが出ていていい。

細萱
親父の目指していた「真の勇者」というのが一つキーワードになっていて、
戦いに明け暮れているトルケルとか、みんなが探している。アシェラッドもそう。
みんな目指すのが違うけど、今やっていることとは違うものを目指している。

幸村
その時代に違和感のある人の持っている常からのストレス状態、バネの
曲がっているような状態の人が、あるときバンと外れる力のようなもの
そういうものがお父さんだったりアシェラッドだったり。
自分の考え方の投影なのだけど。
おかしいんじゃないか? みんなそう言ってるけどおかしいんじゃないか?
そういう現状への疑問を持っていて、ぼんやりしてて輪郭があいまいだけど、
どこかに真の戦士がいるのかもしれないっていう探している人たちがいたのでは、
という感じのストーリーになっている。

しりあがり
キャラクタのコントラストが素晴らしい。
みんな戦いが強いけど、戦いの向こうに見ているものがみんな違う。
お父さんは戦う前に幸せになることだったり、アシェラッドは正統性を
めざしているし、主人公は父親の仇だったり。
それが錯綜している感じが美しい。
計算して配置しているの?

幸村
いえw
そういう風に言っていただけると何か頭いい人みたいでうれしいです。
偶然につぐ偶然w
たまたま歴史上にいた人物がユニークだったり。大まかな流れは決めている
けど基本行き当たりばったり。

しりあがる
マンガって、最初のキャラクタ設定からだんだん離れていったり、カーブ描いて
戻ってきたりすることがある。アシェラッドも、魅力的になってきたと思ったら
死んじゃったし。

幸村
みんなに怒られます。
殺すなと。
ごめんなさい♪

しりあがり
2−3話先を見て書いている? まず今面白いものを描こうとしている?

幸村
10話ぐらい先までが見当に入って今を描いている。その先はおぼろげ。
ただ先のために張っておかないといけない伏線は考えている。
あ、頭いい人なのかもしれない、僕w
すごい。タクティカルな能力を持っているのかもしれないw

しりあがり
そういうタクティカルwな能力を身に付けるのに役立った作品とかある?

幸村
あまりぱっとは思い出せないけど、マンガは山ほど読んでいるので、
先人の作品から少しずつ影響を受けているのだと思う。

細萱
VSだと、ベースになっている歴史もあって、クヌート王子は実際のデンマーク
王としてイングランドを攻め続けたし。

幸村
クヌート王子が父を殺した時期は歴史の通り書いた。

細萱
で、のっぽのトルケルもやっぱり実在した武将。

幸村
彼も大変有名な男だったよう。

細萱
事実をちりばめながら、主人公やアシェラッドという架空の人物を置いている。
で、彼らの血筋というのがドラマを動かしている。特にアシェラッド。ローマンケルト
の血を引きながら母親が奴隷という生まれが彼を形成している。それを受け止めながら
前へ進もうとしている

幸村
僕らは自分の血筋のことを考えたことはないからあれだけどこだわる人は
こだわるんでしょうねえ。
特にアシェラッド。アシェラッドの血筋来歴は存在も含め全てフィクション。
まずイギリスの西、ウェールズに故郷があり、そこにローマ人がやってきたころ
の代官の血筋が生き残っていてというのは、ありもしないことを見てきたように
描いているw
この時代は、西暦1000年代ヨーロッパは暗い時代だった。昔はよかったと皆
思っていたのだと思う。昔ローマが繁栄していたのがだんだん衰退してきている
という自覚がある。丁度日本の末法みたいなもの。キリストが死んで1000年経って
1033-4年に最後の審判が下って世界が滅びる、と言われていて、あと20年ほどで
世界が滅びるのだという気分に覆われていた。この時代流行ったのはお金持ちが
お金をばらまくということ。とにかく今功徳を積んで、神様にアピール。
それが審判の日を越えて、あれ? とw
彼は、衰えつつある世界の象徴。彼の遺伝子がよかった昔を覚えている。

しりあがり
話を聞いていると今の日本に重なってくる。作品を創ろうとした動機に
そういうのがある?

幸村
僕は肌で感じたことはないけど、少し上の人は、バブルの頃はよかったと
よく言っていますね。

しりあがり
ローマ帝国とバブルが同じなんだw

幸村
年をとると昔を懐かしむことは多いけど。どうなんでしょうね。
風刺とか現代への批評とか、そんなことはまるでない。
しいて言うならお金のために描いているわけで…うそですよw

しりあがり
色んな主張とか思いがあるにせよ、結果として極上のエンターテイメントに
なっている。単なる歴史の紹介でもなく、現代への批評でもなく、それらを
含みながらも本当に面白い話になっている。僕なんかはそうするには一体
どうすればいいの、と聞きたい。エンターテイメントにしていく秘訣なんかはある?

幸村
担当編集から教わる限りには、女の子を出す、肩に乗るくらいのマスコット、
フィギュアになりそうなコスチューム、大きな剣、というのが必要らしいです。
正直言えばわからない。
エンターテイメントとして形になっているか自分では判断つかない。
ただ、担当さんからもう一つ言われたのは、お前のマンガをすすんで読もうと
思う奴なんかこの世に一人もいると思うな、ということ。大変すばらしいことを
教えてもらったと思う。
バトルが苦手とか人物造形にしろ、自分に出来る範囲でとにかく読んでいただく
よう努力する。手管はわからない。ただ読んでもらうためにパンツぐらいな脱ぐよ
という気持ちでいる。

しりあがり
幸村さんは多摩美出身だけど、美大出身のマンガ家さんて絵に主張をこめている
ケースが多いのに対して、幸村さんの場合絵が素直。新しい時代なのかなと。
個性というより絵を道具のようにしているというか。絵について何か意識していることは?

幸村
まったくご推察の通り。
元々個性を出すくらいの才能がなかったから大学辞めた。芸術家ではなかった。
とにかく見やすく。状況がわかりやすく、人物の顔もわかりやすく、コマの順序も
読みやすく。とにかく読者にストレスを感じさせない。
最近は翻訳版のために吹き出しを丸くしている。
意外に気をつかっていますね。タクティカルな才能を持っていますねw

細萱
自分が大学で、マンガに流れ込む美術について教えているので、その中から。
バイキングってこれまでステレオタイプで描かれていた。ヘルメットに角が
ついているとか。資料が少なかったからというのもあった。
バイユーのタペストリを紹介。1066年最後のバイキング末裔によるイングランド征服を描いたもの。
これは参考にした?

幸村
はい。でも彼らの民族的なアイデンティティとしてはノルマンディー人が自分たちは
フランス人だと思っていた頃。
彼らの船は本当にすばらしいもので、復元とか見てきた。
ノルウェーオスロに展示しているオーセベリ船とか。
ただ、この船は舟遊び用らしい。
バトルシップはもっといかついもの。

細萱
作品冒頭の戦、船の絵が印象的だけど、ただ兵が船をかついでというのは
バイキングじゃなくて、オスマントルココンスタンチノープルを攻め滅ぼした
ときのものですよね。

幸村
トルコのメフメット2世というのは桁違いのアイデアを持っていた人で、
湾を封鎖されたとき、じゃあ陸から行けばいいじゃん、と、兵隊が沢山
いるものだから運んだという。

ただ、バイキングたちが、船を丘の上を引いて進んだというのは確かなよう
ヨーロッパを北周りで川を伝って黒海に渡ったらしい。海路だけだと
地中海を回っていくしかない。川を伝っていくとしても途中で途切れている。
で、そこは船を引いたよう。

細萱
バイユーのタペストリーって70メーターくらいあって色々載っている。
この頃兵士が馬を使っている。バイキング本来の戦いとちょっと違う。
ヨーロッパナイズされているのかな。

幸村
伝統的にバイキングは騎兵戦術を用いなかったと言われている。
すごい、なんかバイキング研究家みたいw
彼らは馬を大事にしていた。軍馬の教育をしていない。
戦場までは馬で行って、そこで馬をつないで、徒歩で戦う。
一方、フランスのノルマンディではシャルルマーニュ以来騎兵戦術が
発達している。それを取り入れたのだと。
強いことたるやイギリスを7000人でとってしまったらしい。

細萱
今トルフィンが10代後半だとしてあと50年生きればこの戦争まで
つながるのだけど。
タペストリー、前半部分ではイソップものみたいに牧歌的
だけど後ろの方だと死体ごろごろという残虐なものになっている。

幸村
描かれているのは、死体から鎖かたびらを剥ぎ取っているところ。
鎖かたびらは高価で、彼らは戦争で手に入れた鎖かたびらをリサイクル
して使っていたという研究がある。
わかるもなにもここに書かれているじゃんw

細萱
鎖かたびらは持っているんだっけ?

幸村
持ってます。

しりあがり
幸村さんは授賞式のときバイキングの正装で現れたんですよ。

幸村
文化庁長官から後で、いざというときは僕が中川副大臣を守らないと
いけないのかと一瞬思いましたよ、と言われたw

しりあがり
あんなごつい凶器を持ってVIPの前に立ったのは奇跡かもw

幸村
記念写真を撮ったのだけど、左に細田監督、右に宮本茂さん、
真ん中にマントと兜の僕がいるというものに。

しりあがり
あれいくらくらいするのですか?

幸村
自作の部分も多いけど10万はしないと思う。
そんなことやってるから原稿が遅いんですよね♪

しりあがり
ここに持ってきて描けばよかったのに

幸村
先日、フランスのコミックフェスティバルに招かれて、ホールで
卓上のカメラの下で、何か描いてくださいと言われて、原稿を描いたw
フランスの方にどんな風にストーリーを考えるのかと言われて、
ネームにページ番号を打ってから3日うーんとうなっていると答えたら
納得してもらえたw

しりあがり
北欧の新聞から取材を受けたと聞いたけど

幸村
はい。ノルウェーの方だったのだけど、彼らが言うには、
バイキングとはノルウェー人だ、だからデンマーク人などは正確には
バイキングではない、のだと。

北欧の方はバイキングの末裔であることを誇りに思っている。
北欧以外でもそうみたい。血液検査をするとわかるらしい。
遺伝子的な特徴があるとか。イギリスで、バイキングの血縁の
可能性があると言われたおじいさんがうれしそうにしていた
というのをテレビで見た。

細萱
VSのように、取材など情報収集も含めれば、マンガと言う形だけでない
メディア活動といえるかもしれない。
考古学的な発掘は役に立っている?

幸村
とても役に立っている
遺跡から再現して保存してくれているというのは、まさに自分のために
作ってくれたかのよう。

細萱
この本のアイスランドの住居跡はトルフィンの住居の元ネタなのでは?

幸村
今の家はほとんど土で出来ている。木材は不足しているので、流木を拾ったり
ノルウェーから輸入していたけど、全然足りないのと土のブロックで作っていた。

細萱
後、アメリカまで到達していたかどうか、というのも結構発掘されている。

幸村
レイフ・エリクソンという男が作中に登場しているけど、彼も実在の人物。
ヨーロッパ人で初の北米大陸上陸者。

しりあがり
地図で見ると近いですね

幸村
行けないことはない。バイキングの後悔能力を持ってすれば。

しりあがり
何カ国くらい取材に回った?

幸村
黒海を囲む5カ国。フランス、イギリス、デンマークノルウェーアイスランド
2週間の強行軍。別スケジュールで1週間

しりあがり
その時連載は決まっていた?

幸村
何もw
おかしいことに、銭につながるお約束もないのに、ン百万というお金をつぎこんで
北欧研究に。

細萱
イングランドの戦線が延々続くその辺りも車で縦断されたときのエピソードを
記者会見で聞いたけど。

幸村
僕と通訳の人と担当で、作中登場人物たちが歩くであろうルートを車で行く
ことになった。「幸村さん地図見てよ」と言われて、あっちが北です、と
答えて、もういい、と。
なんか北はわかる。ハトのくちばしの上についているのと同じ器官が身体の
どこかにあるらしい。

しりあがり
そう聞くと、そこまでしてなぜバイキングにという疑問がまた出てくる

幸村
テーマに暴力を持ってこようと決めていた。ただ死生観につながるので
ファンタジーとか使うのは難しい。日本の歴史にしなかったのは先行作品
が多い。で外国の歴史の中で、バイキングが新大陸を発見したというところ
が面白くて選んだ。
よく質問されるのは、好きなものをマンガにするのが普通だろう、と
幸村さんっていつからバイキング好きになったんですかと。
好きじゃねえよといつも答えている。必要だから描いているんですと。

しりあがり
この際ですけど、本名は「こうむら」だけどペンネームで「ゆきむら」を
名乗るようになったのはなぜ?

幸村
普通の人は「こうむら」と読んでくれない。よく呼ばれる「ゆきむら」
を使っているだけ。

しりあがり
次の作品の舞台とか考えたりしている?

幸村
VSで手一杯なのでそんな余地はないけど、もし10年くらいかかって
VSが終わったら、今度は楽に書けるものがいい。
子供向けのものが描けたらどうだろうと思っている。

しりあがり
それは子供に向けて訴えたいものがあるということ?

幸村
儲かるかな、とw
いや、小さな子が喜んでくれると単純に嬉しいし
自分にも3歳と1歳の子供がいるけど自分のマンガでは喜んでもらえない。

細萱
VSの人気を物語る上で、スピンオフである「ユルヴァちゃん」についても。
これは許可されているのですか?

幸村
いや、許可するしないという権利が僕にはないようで。
やるからね、の一言で。

しりあがり
さっき幸村さんが言っていた売れる要素がみんな入ってますねw

幸村
あーっ、確かに。クリオネ師匠がいるw

細萱
このへん、編集者さんに聞いてみたい。
(ということで編集の方、登壇)

編集さん
ユルヴァちゃんに関しては、こういう作品をやるのでユルヴァという
キャラクタについては著作権を放棄してくださいという話をしたw
そこでオッケーをいただいているのだけど、どういう話をするか
については全く許諾をとってない。
トルフィンが吹っ飛ばされるシーンと全く同じ構図を
使っているコマとか。
打ち合わせでは、このシーンパクッたら面白くない?という話をしている。
雑誌が出来てから、幸村さんから、またやってくれましたねと言われるという。

幸村
掲載されるまで何も話しませんよね。酷いことほどw

編集さん
教えるということを思いついたことがないw
実際打ち合わせをしていて、VSにはない売れる要素を入れようという
話はしている。出来れば女の子は水着がいいなとかw

細萱
あと、「フィンランド・サガ」というタイトルのマンガもアフタヌーン
で連載してるw

編集さん
これはモーニング2という隣の雑誌で、タイトルについて問い合わせが
一度来ただけだったり。

以下Q&A
Q. ユルヴァちゃんの旦那は誰?
A. アーレですw

Q. トルフィンの村の名前はムッシュムラ村なんでしょうか?w
A. ……はい♪

Q. マンガ読んで真面目な方なのかなと思っていたけど面白い話を聞かせて
いただいた。そういう落差について聞きたい。
A. マンガ家さんの知り合い色々いるけど、ギャグマンガ家って真面目な
人が多い。でカッコいい。ストーリーマンガの知り合いは大抵バカ。
しょーもないやつらばっかり。
バランスをとっているのだろう。普段消費されない鬱積したものが
マンガに出て行くのだろう。

Q. 死生観について聞きたい
A. 死ぬのはこわい、けど生きてたからって楽しいことはあるのだろうか、
というところ。
33年生きているけど、14から精神年齢が育っていないようで。
今だにこんなクソッタレな世の中はよう、と思ってような人間。
真っ向正直に言うと、なぜ生きていなければいけないのかという命題に
自分として答えが出ていない。色々本を読んだり先人の作品を読んでると
生きることは素晴らしいということが描かれている。けど本当にそう思って
いるのか、と。明快な答えを持ってそう思っているのかと。
そういうことを考えてマンガを描いている。

Q. マンガ好きということだけど、影響を受けたり尊敬しているマンガ家
さんを教えて欲しい。
A. マンガ家としての育ての親は守村大先生
2年アシスタントを務めた。線の引き方から教わった。
今も仕事の仕方は守村流を踏襲している。
まだ影響された方をあがるとすれば坂口尚先生
もう亡くなられたけど。アフタヌーンで連載していた『あっかんべェ一休』
はすごすぎる。なんと言えばいいか。高校の頃に読んだけど、
マンガでここまでできるのかと見せ付けられたような気がする。
絵も話もあらゆる面で影響をうけている。

Q. プラネテスからだんだん絵柄が変わってきているけど、意図的なのか
それとも描いているうちになのか
A. 描いているうちに。やれるだけのことをやろうとしている。
全力投球です♪

Q. メディア芸術祭にある新しいメディアの上でのマンガをどう思うか
A. 一言で言えばうらやましい。iPadってあるんですよね。かっこいい。
自分はスーパーアナログ。写植も貼ってもらう有様。正直言うと
ついていけるか不安。また媒体の変化によって業界が成り立つのか
不安が大きい。

Q. 10話くらい先まで考えているということだけど、話の展開の判断は
どのように行うのか。例えばアシェラッドが死ぬとか。
A. すべてお話しますw
アシェラッドについては、連載開始して早々ここで死ぬというのが
決まっていた。トルフィンに仇は討たせないぞと。あの子あんなじゃ
ないですか。あれで仇討ちが成功したら全うに成長する余地が完全に
なくなってしまう。アシェラッドの死というポイントがひとつあって
そこに至る道のりを模索するという感じでやっていた。
ポイントをぺしっと決めておくと、今何をしたらいいか見えてくるかも
しれない。ペースとか方向性とか。

Q. 暴力の描き方の問題。VSは暴力性をテーマの一つに据えていると思う。
暴力に向き合って描くとき何を考えないといけないのか。技術としての
暴力について。
A. 暴力とは何かと聞かれると正直わからない。
よく考えて悩むことがひとつある。自分の子供に人を見たら泥棒
と思えと教えるかどうか。
主人公のトルフィンが子供のとき父からナイフをもらう。身を守る
ためだぞ、と言われて。よかったのかどうかまだ迷っている。

Q. 作品の中で神父がクヌートに愛とは奴隷に鞭を打つ行為と
変わらないというのがある。他の作品の描く愛とは違う気がする
どういうところからそういう考えに行き着いたのか
A. 結婚して嫁が自分に対する興味を失ったのに気づいてから
愛の真実について考えるようにw
醒めない愛なんてないですよw
自分が愛について考えているのはまさに6巻に描かれている通り。
自分が疑っていることの一つ。愛していると言うとき、愛が何か
と疑っているのかどうか。
もちろん、奥さん、子供達について一般的な意味で愛していると
言ってあげたい。けどそれは願望であり飾りかもしれない。
本当にはどうなのかと。
自分は本当は奥さんを愛していないのではないかと考える。
そうすると辻褄が合うんですよ。僕の中では。
だから大好きとは言っている。それなら嘘は言っていない。
あくまで個人的な考え方であって異論はあると思う。
人間が人を愛することはできないという考え方。
いつそう思ったのだろう。なんか家で一人で暮らしていたとき
大草原の小さな家を見ていて突然「ああああああああ」となった。
これは本当。でもなぜそうなったのかさっぱりわからない。
大変な発見をした気になって。それ以来基本的に変わっていない。