「コンピュータと認知を理解する―人工知能の限界と新しい設計理念」その0 - Introduction

この本では、ガダマー・ハイデガー・マトゥラナという3人の偉人の研究が検討される。
このサイトでしばしば、書き手と読み手の地平、という言葉を使うように私はガダマーの信者である。また、フレーム問題による限界やまなざしなどという言葉を使うように、ハイデガーはとても重要だと思っている(これはドレイファスの人工知能批判によるところが大きいんだけど)。そして、しばしばこのサイトで持ち出すオートポイエーシスの提唱者は他ならぬマトゥラナである。
この本は私にとっては、超ど真ん中の直球なのであります。ということで、以下では読んでいってひっかかったところを全てメモしていきます。斜体の文章はこの本からの引用。それ以外は私がまとめたところです。


ワードプロセッサに向かっている人は単に文書を作っているわけではなく、手紙やメモ、あるいは本を書いているのである。こういった行動は、複雑な社会ネットワークの中で捉えてこそ、意味をもつ。
(pp. 8)

どんな問いでも、ある「伝統」の中から、つまり可能な答えの空間を規制する了解(理解以前のもの)から生まれてくる。(中略) 伝統とは、「存在のあり方」とでも呼ぶべき普遍的・根本的現象を指す。伝統を理解する上でまず注意しなければならないのは、それがあまりにも当たり前に見えるため、かえってその姿が覆い隠されてしまっている点である。(略) これは理解のあり方であり、我々が解釈し、行動する背景である。(略) 我々は常に、伝統を共有する他の人たちとのインタラクションから生まれてくる了解の中で存在しているのである。(pp.11)

1.3 本書の道筋 (pp.13-)
第一章:合理主義的伝統の限界
1. <合理主義的伝統>。定式化すること。objectを変数として扱い、ルールをあてはめること。「知識とはそういった理論から成立している」というのは合理主義的伝統の際立った幻想の一つである。
2. 言語的背景に組み込まれて隠されている仮定や偏向をあばく
3. ガダマー、ハイデガーの研究
4. マトゥラナの研究。現象的領域が観察者の存在によって生み出される、ということ。「構造的カップリング」の概念
5. 言語行為論。言語(したがって思考)が、究極的には社会的インタラクションに基づいていることを示唆している。人間は言語を通じて自分の世界を構築していくというのがここまでの結論。
6. 以下の章への橋渡し。認知が客観的世界に冠する知識の操作ではない、行動の優位性と言語での中心的役割、背景仮定を完全に叙述することはできない。

第二章:コンピュータの働き
7. コンピュータにおける記述の過程
8. 人工知能研究を詳しく紹介し、その限界を分析
9. 自然言語処理
10. 知識工学、エキスパートシステムの批判的検討

第三章:デザインに対する新しいオリエンテーション
11. 意思決定のためのコンピュータツールのデザイン。「被投性」「ブレイクダウン」
12. 人間活動における「システム化領域」(対象がルールや形式で表現されるような領域)とデザインの関係を考察、コンピュータ技術の可能性を検討。