「おおきく振りかぶって」8巻

試合の盛り上げ方がいいねぇ。過剰演出に走らず、すとんと腑に落ちる感じ。とくに田島の打席に入ってから打つまで変にためないところが好き。
今回とくに印象深かったのは、みんなが三橋んちに行ったときに、阿部や花井が三橋に対して今までよりも強く「むかつく」と思っているところ。泉とか他のチームメイトたちは絆が強くなって、互いに細かいことまで気がつくようになっているのに、三橋の場合距離が近づいたことで負の感情が強くなっている。
最終回、自信がなくても投げたがる「投球中毒」の三橋の意地は「むかつく」彼の性格と表裏一体だというのが、試合の前後でよりくっきりと浮かび上がってくる。なんとなくスタージョンの作品を思い出した。キモメンが世界でサバイブしていくためには、ひとつのことにすがるしかない。たとえそれがささいなことであっても。

かつて、スタージョンを評した私のエントリーのうち、「イケメンのくせにこんなにキモメンのことがわかるなんて」、という部分だけ引用されたことがあった。その人の真意はわからないけど、例えばこんな風に考えていたかもしれない。それはキモメンの傲慢でしかない、外見がよくたってアイデンティティが揺るがされることがある、と。しかし、自信をどうしても持てない人に対して自信を持てと言ってもどうしようもない。
自らにかけた"呪い"のために三橋は「おお振り」の主人公たりうる。もし三橋がバックを信頼し自分のボールを信頼して投げられれば、それは幸せなんだろう。ネットではそういう価値観がより強くなっている。不平を言うぐらいなら相手を褒めよう。善哉善哉。でも私には、三橋の、自らの劣等感に押し潰されそうになりながら投げるボールの方がずっと愛おしい。