「コンピュータと認知を理解する―人工知能の限界と新しい設計理念」その1 - 理論的背景

合理主義的オリエンテーション

定式化。

  1. 状況を、明確に定義された属性を持った明確な対象によって記述する。
  2. 対象や属性で記述した状況に適用される一般的ルールを見出す。
  3. 問題となっている状況に、ルールを論理的に適用して、何をすべきかという結論を導く。

言語、真理、そして世界

意味論の研究の問題:

  1. 意味的対応 - 周囲との関連付けで意味を持つ対象を、語句は正確に表現できない
  2. 意味的対応をクリアするため用いられる、語句間の対応だけを扱う「構造意味論」アプローチでは、一般ルールを扱うのにも特定の単語や構造に依存する。構造意味論的アプローチでは、意味の真偽条件による定式化をなんらかの形で採用している。また、文脈非依存である。

意思決定と問題解決

サイモンの合理的意思決定、ボガスローの形式主義的アプローチ(シミュレーション、Operation Research、ゲーム理論を含む)の問題:

  • 選択肢から起こる帰結を完全には予測できない
  • 起こりうる全ての選択肢を予めリストアップすることはできない

人工知能は問題を限定することで解決を図る。重要なのは、人工知能の各派に共通の背景が存在し、それが合理主義的伝統と合致しているという点である。

解釈学

ガダマー:テクストの地平、読者の地平

実際、歴史が我々に属しているのではなく、我々がそれに属しているのである。我々は自己観察を通じて自分を理解するはるか以前から、家族・社会・国家で暮らしている自分を当たり前の仕方で理解している。主体性の礼賛など、歪んだ鏡である。個人の自己意識などは、歴史的生活という回路における一瞬の火花にすぎない。これこそが、個人の先入観が理性的判断よりはるかに強く、その存在の歴史的実存性を構築している理由である。


したがって解釈を捉えるには、存在論(ontology)――つまり何かあるいは誰が存在するというのはどういう意味かの理解――に即した、より深いアプローチをとる必要がある。

存在論=オントロジー、というのには示唆的なものを感じる。確かに、ネット上の言葉の意味空間は、我々がとりうる解釈を映し出す鏡になっている。ネット上のオントロジーは、テクストが我々の中でどのように実存するのか、テキストとネットの地平のインタラクションを実現するものなのかもしれない。

理解と存在論

ガリレオ・デカルトによる形而上学的転回、プラトンアリストテレスにさかのぼる西洋の伝統は、物理的実在の「客観的」世界と個人の思考や感情の「主観的」な精神世界という二つの現象領域の存在を認めた、一種の心身二元論を内包している。つまり、イデアがあって、我々の知覚はそれを映し出す鏡であり、知覚から起きる思考や意図が、行動をひきおこす。
ハイデガーは単純な主観と客観を前提としない。先入観が解釈の(したがって存在の)背景をもつための必要条件である。

  • 我々の内在的な仮定を、すべて明示することはできない
  • 実践的理解は、切離され、孤立した理論的理解よりも根源的である
  • 我々は事物と表象を介してつながっているわけではない
  • 意味は根源的に社会的なものであり、個人の意味付与活動に還元することはできない

被投性

場とかコミュニティに巻き込まれた状態。行動を避けることはできない、一歩退いて自分の行動を吟味することはできない、行動の効果は予測できない、状況の安定した表象は得られない、表象はすべて解釈である、言語は行動である。
つまりコミュニカティブな行動が強いられる。しかし、被投性のある場では、参加者は停滞を打破できない。ぐだぐだな会議など、それを打破できるのは、シンプトティックな行動である。

ブレイクダウン

対象や属性が意識されるのは、「ブレイクダウン」が生じ、それらが「対峙的存在」として、つまり「ものそのもの」として面前に対峙する場合である。
「ものそのもの」という表現に、「嘔吐」に出てくるマロニエの木を思い出した。すべての意味が剥ぎ取られたものそのものは絶対的な異物である。ボードリヤール的に言えば、ブレイクダウンのときに、他の地平とのショートカットが発生する。

オートポイエーシス、進化、学習

マトゥラナの定義:構成要素を生産(変容、破壊)するプロセスのネットワークであり、それらの構成要素は1)インタラクションや変容を通じて、自身を作ったプロセス(または関係)のネットワークを絶えず再生産し、2)それら(の構成要素)が存在している空間で、(機械を)そのようなネットワークとして実体化するトポロジカルな領域を規定することによって、有形の統合体として(機械を)構成する
構造的カップリング学習は、環境の表象を蓄積する仮定ではない。神経系の能力の連続的変化を通じて、生み出される行動が連続的に変容する過程である。(略) 必要なのは、なんらかの再現条件が与えられれば、再現的な要求を満たすか、あるいは以前の繰り返しと観察者が分類するような行動を創造する、システムの機能的能力である
彼(マトゥラナ)は認知の基盤としての情報処理メタファを拒絶し、「組織はどのようにして環境についての情報を獲得するか?」という問いを「どうして組織は、それが存在している媒体(=環境)で適切に動作できるような構造を持つに至ったのか?」という問いに置き換えた。

共感的領域

複数の組織が構造過疎的システムとして繰り返しインタラクトすると、……固体レベルの相互的な構造的カップリングが生じる。そのようなカップリングが決定するインタラクションの領域は、観察者にとっては、互いに起動し合う相互結合系な挙動列のネットワークに見える。……様々なな挙動や振る舞いは、随意的(arbitrary)であると同時に文脈的(contextual)である。

観察者と記述

観察者とは、分節(区別)を行い、分節したものを統合体として明示できる人間、生体システムであり、……自分自身の状況の外にいる(切り離されている)かのように振舞える者である。観察者の語ることは、すべて他の観察者(自分自身を含む)を相手にしたものである。
マトゥラナの議論が際立っている点は、分節が共感的領域で生じる、つまりそれらは観察者を含めたなんらかの社会的インタラクションを前提にしている、という認識にある

説明の領域

プログラマ(あるいは「知識エンジニア」)は、システムと世界のカップリング(何が意図されているか、行動の帰結はどうなるか)を完全に記述できることを前提にしている……さまざまな「オペレータ」の影響は、人間の応答が介在する場合には完全に記述したり予期したりすることはできない。我々は攪乱の領域(インタラクションがシステムに生じさせる効果の空間)を定義することはできるが、それがシステムの活動からどのように生じてくるかをモデル化することはできない。

意味、コミットメント、そして言語行為

サールは、すべての言語行為を5つの基本的な発話意図のいずれかを実現するものとして分類した

  • 陳述的意図: ある事が成り立つこと、つまり命題が真であることに話し手をコミットする
  • 指示的意図: 聞き手に何かするように仕向ける(質問、命令)
  • 関与的意図: 将来の行為に話し手をコミットする
  • 表現的意図: ある事柄についての心理状態を表現する(謝罪、賞賛)
  • 宣言的意図: 言語行為の命題的内容と実在との間に対応付けをもたらす

発話意図で本質的に重要なのは、(話し手と聞き手の)コミットメントのパターンによって意味が提示されている点である。
ハーバマス「有効性の言質」: 発話意図行為が成功するための大前提は、話し手が特定の「責務(engagement)」を負い、それによって聞き手の信頼を得ることである。発話が約束・主張・依頼・質問・是認などと受け取られるための必要十分条件は、話し手の申し出が聞き手に受け容れられた場合、話し手はそれを満たす用意のあることである。
しかし、コミットメントだけでは意味は決まらない。

Still now reading...