テレビからネットヘ、メディアの変遷

目的

コンテンツビジネスにおいてネットのあちら側の人(主にテレビ局)とのギャップをまとめる

要旨

  • コンテンツビジネスでのテレビ局の優位性は全てにおいて揺らいでいる
  • 編成と動向把握ではWeb技術が優位である。
  • 視聴者のリテラシーの変化により、コンテンツの価値や信頼性は影響力を失っている
  • 広告主はCMと違う形の広告モデルをすでに模索している
  • ネットでは、配信基盤とコンテンツ制作者への報酬に課題が残る

テレビ局がコンテンツ配信で強みだと思っている点

テレビは、以下の4点でインターネットでの映像視聴より優れていると言われている。

  • コンテンツ制作能力: 高品質なコンテンツ制作、視聴率を監視し視聴者動向に対応するきめ細かいコンテンツ制作、報道など情報ソースのはっきりしたコンテンツ制作、プロダクション・広告代理店と連動した制作体制
  • 配信能力: 電波による低コストで広リーチの配信、緊急放送など有事での重要性
  • CMをベースとした収益力: GRPという広告主に認知された指標、プライムタイム・ゴールデンタイムなど世代ごとにリーチするセグメント別CM、CMのリーチの広さ、AIDMA
  • ライフスタイルに組み込まれた視聴環境: 家庭での受動的な(くつろいでぼーっと見るタイプの)視聴は、インターネットのように能動的な視聴よりもCM効果が高い(その商品を欲しいと思っていない人に思わせることができる。ネットの場合にはその商品を欲しいと思う人しかアクセスしない)

しかし、ネットのあちら側の人たちは、これら全てに対しテレビ的なものとは異なるものを好むようになっている。つまり、これまで絶対だと思われていたテレビの優位性が崩れつつある。

高臨場コンテンツへの3つの疑問

政府主導のユニバーサルコミュニケーションには、超高解像度の映像/音声に加え、触覚・嗅覚といった他の感覚を伝えることで超臨場感を実現するという項目がある。映像に関しては、HDTV以上の映像表現の研究がすすめられている。NHKは8000x4000画素の解像度のスーパーハイビジョンの研究をすすめている。映像が静止しているときには非常に高精細な映像を楽しむことができる。しかし、それはカメラの焦点が合っている前景のみである。背景までも含めた撮影、動きに対する応答性、時間解像度など技術的な課題がある。Blu-ray DiskやHD DVDの映像を見る限り、背景まで含めたフォーカス、レンズ深度が不十分であり、映像が人工的であることに気づいてしまう。表示系および撮像系において技術のブレイクスルーが必要である。

現在制作されるコンテンツには、高臨場感を必要とする映像が減っている。劇場よりもDVDで見られる映画では、人物のアップを多用する傾向にある。ジョージ・ルーカスは次のように述べている。

映画館での売上は第二次世界大戦以降、減少の一途をたどっている。現在も下り坂だし、将来も続くだろう。現在利益を得られるのはテレビとDVDだ。枠組み全体が劇的に変化している。(中略)大画面向けか小画面向けかで、絵の作り方が違ってくる。DVD向けに作る場合、クローズアップを多用する傾向が強く、ワイドショットでもそれほどワイドにしない。私自身はそうした様式的な変化を取り入れるつもりはない。だが、現在映画を作っている多くの若者は、劇場映画ではなくテレビやDVDで育ってきたので、それが映画の作り方に反映されているのだ。私は大画面向けの映画を作るほうが好みで、彼らは彼らのやり方でやっていってかまわない
http://hotwired.goo.ne.jp/news/business/story/20050629102.html

作品自体も小規模化している。大作映画は映像のスペクタクル性よりも事前のプロモーションが成否を決めている。単館上映の映画、とくにハンディカムで撮影したドキュメンタリが増加している。消費者の求めるストーリーも、叙事詩のように複数の人物の世界への関わりを描く大きな物語から、特定の主人公とその周辺の人間の中での出来事に焦点を合わせた小さな物語へと移行している。
映画の演出技法も高臨場感と相容れない。演出はフレームとフォーカスに大きく依存している。これらは長い映像文化の中で作り上げられたものである。特に上手・下手の概念は、ギリシャ時代の舞台劇にまで遡る。これらの演出技法に基づくドラマでは、高臨場感は特に必要ではない。
より多くの収益をあげるハリウット映画、ドラマは、高臨場感のある映像を必要としない。高臨場感を要するコンテンツは、サッカーの試合か大自然を撮影したごく限られたものしかないだろう。HDサイズの動画を撮影するカメラはすでに普及し始めている。しかし、それ以上の解像度の必要性は低いと考える。

テレビ局による編成の限界

テレビ局は1分単位で視聴率を監視し、きめ細やかな番組制作・編成を行う。一方で、視聴者が過剰な演出に嫌気がさしているのも事実である。インターネットではブログやRSSソーシャルブックマークの監視により話題の盛り上がりを効率的にとらえる技術が実践されている。Web技術はユーザの嗜好に基づいた編成を容易にする。HATENA-TUBEは、はてなブックマークAPIを用い多くリンクされているYouTubeを自動編成するページである。Qoogle VideoはGoogleAPIを用いGoogle VideoYouTubeから動画を検索するページである。
有事での即時性はネットでの情報共有がはるかに優れている。スマトラ地震のような大災害から日常の事件にいたるまで、ブログの情報や視聴者が撮影したビデオが報道に大きな役割を果たしている。
視聴者はしばしば、制作者が期待するのとは異なる形でコンテンツを消費する。大きな物語は、個々のエピソードとキャラクタに解体され、個別に意味づけられる。極楽とんぼの山本が逮捕されたとき、YouTubeにアップロードされた加藤の謝罪会見の動画は放送後12時間の間に120万回以上視聴された。放送事業者の誰がこのコンテンツに注目が集まると予測できただろう。
放送事業者は、視聴者はテレビ番組を受動的に視聴していると考えている。しかし実際には視聴者は、テレビ番組が常に真実を伝えるものでなく虚構であり人の手が加わったものであることを前提として視聴している。社会学者の北田暁大氏は1980年以降そのようにしてテレビ番組が作られてきたことを指摘している。またそれが、60年代の学生運動の破綻とその後のコピーライター的な切り口のプロモーション、そこから20年以上続く、視聴率至上主義のテレビ番組制作からの歴史的帰結であるとしている。
ワイドショーは出演者を文脈から切り離した(メタな視点で)形で取り上げる。バラエティは出演者や内容があらかじめ仕立て上げた仮構のもの(ネタ)であることを視聴者との共通了解とした上で作られる。番組の内容はベタな方向に向かっている。特定のタレントを中心に据えた番組・タレント同士のやりとりを楽しむバラエティは内輪的になり、ショー化したスポーツ中継や演出過多なドキュメントは視聴者を泣かせようと筋書きを作りがたる。ワイドショーは報道の枠を逸脱した調査・取材を行い、情報番組は特定の層を捉えるため偏りのある構成になる。
橋本大也氏が指摘したネットにおけるコンテンツの要素メタネタベタオタは、テレビ局が視聴者を教化・啓蒙した成果である。今や視聴者は自らが望む形でコンテンツの加工を行う。それはテレビ局の自業自得だといっていい。

情報の信頼性のゆくえ

インターネットの普及にともない、ネットのこちら側に属する人たちがネット上に情報を公開する、もしくは個別の視点で意見を表明する機会が増えている。梅田氏が指摘するように、Web技術の進歩は個人が大勢の人に情報を発信するのを容易にしている。彼は自身のブログでlivedoorの事件に対し、マスコミがlivedoor=虚業という視点でのみの報道をしているのに対し、ネットでは異なる視点の言説が多く見られたことを一例にあげている。
一方でネットのこちら側からの情報発信がうまくいかない場合もある。PSE法の施行に伴い経済産業省で当時部長だった岡氏は自身のブログで情報発信をしようとしたが、一部のユーザの「荒らし」によりブログ閉鎖を余儀なくされた。

製作社と連動したコンテンツ制作への疑問

全日本テレビ番組製作社連盟は、コンテンツの権利、料率の見直しのための活動をしている。経産省の「映像コンテンツ制作に係る委託契約についてのアンケートの結果について」によれば、少なくともこれまで、製作社は放送局の下請けとして多くの負担を強いられている。

製作社もまた、IP配信によって製作社と視聴者が"変な流通をはさまず"つながる状況を作りたいと考えている(IP-BizX 2006の講演より)。しかし現状では放送局の収益がとても大きいだけである。製作社が主体的にテレビのためにコンテンツを作っているのではない。そのためには、リーズナブルなメタデータ制作と管理、新しいメディアのための制作環境の整備が求められる。

新しい伝播モデルと視聴ライフスタイル

Web2.0と表現されるネット社会では、口コミネットワークが自然発生する。ネット自体が情報を仲介するものであることからソーシャルメディアと呼ばれる。
ソーシャルメディアでは、コンテンツ制作者と消費者との間にインフルエンサーシンセサイザー)と呼ばれる人が存在する。インフルエンサーは声の大きい口コミ流布者である。
B.Horowitzのブログ"Elatable"の「Creators, Synthesizers, and Consumers」によれば、1人の制作者に10人のインフルエンサーがつき、彼らが100人の消費者に口コミを流布するとしている。ネットのあちら側では、消費者はマスコミより特定のインフルエンサーの情報を優先する。トピック毎に消費者は自発的にインフルエンサーを見つける。
Web技術の進歩は、インフルエンサーの発見とインフルエンサーからの情報取得を容易にする。ソーシャルブックマークではネットで人気のある(多くの人が支持する)記事を総括して見ることができる。RSSは効率的な情報収集を実現する。
映像そのものの共有あるいは映像の評判情報の共有は、これまでのテレビとは違う視聴スタイルとしてほぼ定着したといえる。YouTubeは、ブログ、SNSソーシャルブックマークという異なる場で、ソーシャルメディアが連鎖的に動いていることで、高いアクセス数を発生させている。日本でYouTubeによる映像視聴のユニークユーザ数は500万、アメリカではネットで映像を見ている全視聴者の6割がYouTubeを利用している(2006年6月現在)。口コミによる映画のプロモートはアメリカを中心に頻繁に用いられている。

exposureからengagemementへ移行するマーケッティング

Web技術がユーザの嗜好傾向を即座に捉え、容易にコンテンツ編成を行い得ることは上に述べた。CMにおけるターゲッティングが年齢・性別・住所に基づくアバウトなものだったのに対し、Web技術に基づくターゲッティングは直前のユーザの行動まで考慮した精確なものである。特に特定商品のプロモーションなどユーザの欲求に直接訴える高関与型のマーケティングでは高い効果が期待できる。
一方で、ブランディングや消費者のライフスタイルに関わる低関与形のマーケティングでは、望みの情報を探して視聴するインターネットよりながら見をするテレビの方が適していると言われている。しかし、現在CMによるブランド想起の効果そのものが低下している。視聴者のリテラシーは、テレビCMを押し付けがましいと考えるまでに変化している。
広告主は、インターネットには確固たる広告効果指標がないため今すぐインターネットに多くの広告費を割り当てるのが難しいとしている。しかし、多くの人が指摘するように、インターネットにおいて個人の視聴動向はむしろ計測できすぎるほどである。
Ad Innovatorで有名な織田浩一氏による「広告効果測定の認識に関する 欧米の現状」に詳しく述べられている。現在、オンラインマーケティングはROIを示すことが可能になっており、さらにほぼリアルタイムの指標を使ってROIをさらに向上させている。マス広告においても同種のことが実現できないかすでに検討されている。アメリカでは全米広告主協会などを中心に、視聴者の関わり度合い(engagement)を考慮した広告効果指標を作る試みMI4 (Measurement Intuitive: Advertisers, Agencies, Media and Researchers)が2005年7月から始まっている。2006年初頭からはP&G、SC Johnson, Pfizerらが5000世帯、11000人を対象に、消費者の広告接触から購買までのデータを1年間収集するProject Apolloが進められている。
テレビCMの優位性が崩れているという話は、J. Jaffeの「テレビCM崩壊 マス広告の終焉と動き出したマーケティング2.0」に詳しい。

インターネット映像配信ビジネスの課題

これまでの内容をまとめると、ネット側から見たときのテレビの状況は次の通りである。

  • 魅力あるコンテンツ制作(高臨場感、編成):影響力を失っている。完全になくなることはないがこれまでのように視聴者の注意を独占することはない。
  • 情報の信頼性:影響力を失っている。信頼性は視聴者が自ら選ぶ形になる。場面によっては担保する仕組みが必要。
  • コンテンツ制作者との関係:テレビ局の収益性はゆらぎつつあるものの、報酬、技術環境整備など不透明な要素が多い。
  • 配信技術:ソーシャルメディアの力により、インターネットでも瞬間的に100万人単位の視聴者へのリーチが可能である。
  • ライフスタイル:影響力を失っている。視聴者は情報収集と同様にコンテンツ視聴を行う。
  • 広告: 広告主も既存のテレビCMが影響力を失っているのを認知している。現在評価尺度を検討中。2008年以降には変動が目に見えて現れるか。

放送事業者は、マスを対象とし大きな権益を得る代わりに公共性を本義の一つに掲げている。一方で、視聴者が望むニッチな面白さをカバーすることは出来ない。インターネット映像配信ビジネスにおいて、放送事業者が独占することは難しく、マス向け/ニッチ向けのバランスを考慮した複数の配信事業者が存在することになる。

インターネット映像配信において今後サービス規模を左右する項目は次の2つである。

  • 配信技術:100万人の視聴は、テレビの視聴率に換算すると2%程度である。現行の配信技術では1000万人レベルの配信はコスト的に不可能である。配信技術および広告のターゲッティング技術のブレイクスルーが必要である。
  • コンテンツ権利問題、コンテンツ制作者への報酬:映像制作者が多くの人に見てもらうことを目的に制作したコンテンツを、そのままインターネットでユーザが視聴するように切り刻んだり加工するのは難しい。新しくコンテンツを制作する、そのような利用も含めた形で制作者に報酬を与える、いずれの場合にもコンテンツ制作者への報酬が問題になる。伝播投資貨幣(PICSY)ファンドなどさまざまな形が検討されている。ニッチな価値のコンテクストを取り込むような貨幣を確立する必要がある。