歌の翼に

「アジアの岸辺」などを読んだときはイヤーンな気分になったものだが、「歌の翼に」の読後は切ない気持ちになった。ダニエルかわいそす。概ね報われてないんだよね。第1部のバーバラや第2部のボウアなど、自分に課せられた負債を払い終える前に理解者に先に行かれてしまい、宙吊りになっている。それでも3部では、ボウアの世話をするという重しの上でようやく自由を得ている。ふりをしているだけではあるのだけど。そこが不憫だったりもする(あるいは共感を持てる)。ラスト、彼が心から翔べていたとも思えない。でも、そのレベルでしか、彼は自由を手に入れられなかったわけで。まあ、ボウアのようにナチュラルに翔べていても、13年罠にかかっているのも幸せなのかわからないし。それゆえにラストの1文がなんとも冷ややかに聞こえる。「すべてに自由と正義の行われ、神のもとに分かちがたき1つの国に対して」。

このような複雑な読後感は一級の小説でしか得られないなぁ、としみじみ感じたのでした。優れたアイデアがあるわけでなく、技術をひけらかしているわけでもない。翔ぶことをテーマにすえながら、翔べないこと、自由のあいまいさを積み重ね、一瞬の展開で読者に浮力を与えるその技巧は、やはり傑作の名に恥じないと思うのでした。