読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ネギま! 27巻

出たのは結構前ですけど、読み直してやっぱり語っておかないといかんなあと。
この巻で語るべきはやはり、ネギのポジションでしょう。『その真髄たるや魔力でも技能でも努力でもなく、「開発力」とはな』ってところです。これってもはやファンタジーにおける"魔法"じゃないんですよね。テッド・チャンSFマガジンで魔法と科学の違いについて語ってます。ざっくり言うと魔法はそのロジックが天から与えられているもので、主人公がより優れた魔法を使うのは、血筋とか資格とかに依存している。一方で、科学はそのロジックも人間が作り出したものなんですよね。そこでの正統性は、より信頼のある過去の実証を踏まえていたり比較していたりしていることで決まる。ネギがラカン戦で見せた新魔法は、科学と同様の発想のアプローチで生み出されている。アナロジーだったり組み合わせだったり応用だったりボトルネックになっているところを解消してたり。
もうひとつ語るべきなのは、そのハカセ的な役割についてです。ネギが気づいたそのポジションはまさに、70年代生まれな世代が夢見た知のひとつのかたちなんですよね。ジェネラリスト的な知。「魔力でも技能でも努力でもなく」、広い知見から生み出した新しい知によって世界を再構築し誰かを救いたい、という願い。結構今までの少年マンガ的なフィクションでも、最初は主人公が同じようなポジションに立っている作品はあったように思います。それが、物語を作るという誘惑に負けてなのか、主人公が決断に迫られ、あげく熱血になったり隠れていた真の才能に目覚めちゃったりする。「決断主義の陥穽」とでも呼んでおきましょうか。それが短絡的につながるとセカイ系になっちゃう。
27巻でネギがこのポジションに到達するまで、地道に積み重ねているんですよね。特に夕映絡みのエピソードでこれまで語られてきている。ネギパーティの中で一番ハカセ的なポジションにいるのが夕映ですけど、ネギと夕映の関係は他のキャラのそれとは全然違うんですよね。超戦直前の説得にせよ、記憶喪失による隔離にせよ、他のキャラとは全然違う立ち位置にいる。これらのエピソードに共通するキーワードをあげるとすると"孤立"でしょうか。孤独なのだけど他者を支えていこうとする、そのアンビバレンツさ(ネギま的にいうとそれは"闇"や"悪"に通じている)においてネギと夕映は近い。
まあ、悪とか闇の話とハカセ的なポジションとのつながりは今後また描かれていくのかも。ただ、"火"を扱う科学とも関わってくる話なのかもしれません。ともかく、ネギま!は他のマンガとは全然違う地平を切り開いていってると思っています。単にファンの欲目で目が曇っているのかもですけど。