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ライラの冒険・黄金の羅針盤

冒頭からのライラが街を駆け回り、大人の陰謀に対して立ち向かう様は実に冒険活劇っぽくて、パヤオアニメで見てみたいなぁと思いながら読んでいた。やがて話の幅が広がり、いろんな設定が出てくると、実にハイファンタジーしてるなぁと思いながら読んでいた。あるいは色んな二次展開を見てみてぇと。ファーダーxセラフィナの同人とかあったら絶対買うよ。
同時に、これが「指輪物語」と同様に、我々の世界を映し出す正しい意味でのファンタジーであるんだなぁと、考えながら読んでいた。「指輪」が50年も前の現実世界を映し出す鏡だったのに対して、「ライラ」は今を映し出す鏡になっている。我々のこころの問題をひとつ(あるいはふたつ)の物語世界に投影しようとしている。それを、あるときはライラの視点で力強く、あるときは無慈悲に描き出す(「引き裂かれた子供」は「引き裂かれた自己」を連想する)。
後半になるとその色が濃くなる。ダストの説明とかのけぞりながら読んでいた。もうこれ、SFじゃん、と。たとえば、ラスト前ライラの両親の憎しみ合いながら愛し合う様なんて、子供には絶対わからんだろう。二人の姿勢は科学と宗教の関係そのものだし。科学も宗教も、それぞれのやり方でわれわれが何者でどこに行くのかという問いに答えを出してきた。でも同時に、自分たちが何だったのかをそれぞれ別のやり方で切り捨ててきた。「ライラ」で子供たちがさらされている恐怖は、そういうものを表している。
ここに至って、「ライラ」が最強と呼ばれる所以がわかったような気がした。ラノベジュブナイルが持つ間口の広さ、一流のファンタジーが持つ世界の一貫性と全体性、そしてSFが持つ思弁性――、世界中の数多の物書きが書きたいと願っている、全てを満たす"完全な小説"が実現されていると思う。大げさだけど、これだけわかりやすさと広さと深さを三位一体に体現している物語は他に思いつかない。
好きなシーンは、ライラがファーダーと真理計の読み方を探求するところ。ライラは確かに選ばれた子だけど、こういうシーンは彼女が特別ではないことを読み手にちゃんと伝えてくれる。彼女にふりかかる苦難はどれも過酷だけど、それに対する彼女の振り絞る勇気が精一杯のものであることをきちんと描いている点で、セカイ系とは違いフェアさを感じる。
それにしても「引き裂かれた子供」のアイデアはすごい。かつそれを無慈悲に描き出しているからこそ、話が成り立っている。映画版は本当に大丈夫かな。「引き裂かれた子供」=現代人、だから、可哀想さを前面に押し出すとライラの映画化である意味がほとんどなくなるわけで。