テレビ局による編成の限界

テレビ局は1分単位で視聴率を監視し、きめ細やかな番組制作・編成を行う。一方で、視聴者が過剰な演出に嫌気がさしているのも事実である。インターネットではブログやRSSソーシャルブックマークの監視により話題の盛り上がりを効率的にとらえる技術が実践されている。Web技術はユーザの嗜好に基づいた編成を容易にする。HATENA-TUBEは、はてなブックマークAPIを用い多くリンクされているYouTubeを自動編成するページである。Qoogle VideoはGoogleAPIを用いGoogle VideoYouTubeから動画を検索するページである。
有事での即時性はネットでの情報共有がはるかに優れている。スマトラ地震のような大災害から日常の事件にいたるまで、ブログの情報や視聴者が撮影したビデオが報道に大きな役割を果たしている。
視聴者はしばしば、制作者が期待するのとは異なる形でコンテンツを消費する。大きな物語は、個々のエピソードとキャラクタに解体され、個別に意味づけられる。極楽とんぼの山本が逮捕されたとき、YouTubeにアップロードされた加藤の謝罪会見の動画は放送後12時間の間に120万回以上視聴された。放送事業者の誰がこのコンテンツに注目が集まると予測できただろう。
放送事業者は、視聴者はテレビ番組を受動的に視聴していると考えている。しかし実際には視聴者は、テレビ番組が常に真実を伝えるものでなく虚構であり人の手が加わったものであることを前提として視聴している。社会学者の北田暁大氏は1980年以降そのようにしてテレビ番組が作られてきたことを指摘している。またそれが、60年代の学生運動の破綻とその後のコピーライター的な切り口のプロモーション、そこから20年以上続く、視聴率至上主義のテレビ番組制作からの歴史的帰結であるとしている。
ワイドショーは出演者を文脈から切り離した(メタな視点で)形で取り上げる。バラエティは出演者や内容があらかじめ仕立て上げた仮構のもの(ネタ)であることを視聴者との共通了解とした上で作られる。番組の内容はベタな方向に向かっている。特定のタレントを中心に据えた番組・タレント同士のやりとりを楽しむバラエティは内輪的になり、ショー化したスポーツ中継や演出過多なドキュメントは視聴者を泣かせようと筋書きを作りがたる。ワイドショーは報道の枠を逸脱した調査・取材を行い、情報番組は特定の層を捉えるため偏りのある構成になる。
橋本大也氏が指摘したネットにおけるコンテンツの要素メタネタベタオタは、テレビ局が視聴者を教化・啓蒙した成果である。今や視聴者は自らが望む形でコンテンツの加工を行う。それはテレビ局の自業自得だといっていい。