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モデルの扱い方

サイエンス・イマジネーション 科学とSFの最前線、そして未来へ」を読んでいるのだけど、最新のロボット研究とそれに対する作家たちの反応が興味深かった。

というか、円城先生の反応にとくに共感した。他の人とはちょっと違う切り口だった。他の人たちは、ヒューマノイドロボットの実現に対して、その極限を問うている。一般化したり極端なアナロジーを示してみたり。一方で、円城先生は、制御と入出力の関係をとりあげている。私自身も、研究者の話の中でも前田先生のが際立って面白かった。川人さんとか国吉さんとか他のイベントで話を聞いたことがあるのもあるんだけど。

ちょっと大げさな話ですけれども、最近情報化社会になってきて、「世界は情報で溢れている」といわれることがありますが、あれはウソです。世界に溢れているのは「物理現象」だけであって、計測されてはじめてそれは「情報」となります。で、計測を生物がおこなうときに、その計測は知覚、感覚と呼ばれることになります。計測というのは物理現象になんらかの物差しを押し当てて測ることです。そうしないと情報にはならないんです。じゃあその際の物差しは何かというと人の身体そのものなんです。これが国吉先生もおっしゃられた身体性(エンボディメント)というものです。これがたぶんここまでの発表者三人が共通に考えている、人間の身体のかたちというものの重要性です。(pp.90)

とても明快で惚れる。

挙動があいまいなのにその特徴的な一事例をもってモデルが有効なものとして扱う、というのは日常でもよくある。モデルを交換可能なものとして記号的に扱う。でも、工学的にモデルを扱うには制御可能であることが前提になる。入力と出力を設定し、伝達関数を明らかにする。パラメータが不明だったり次数がわからなかったりしたら、入力を制限したりゲインを変えたりする。

最近思うのは、モデルを記号的にぶんまわして結局問題が解決しないことがよく見られるな、ということ。入力と出力をきちっと設定し、制御可能な領域でモデルを扱う工学的な想像力を大切にしたいねーと思ったりする。