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リアルの作られ方

周囲とのネットワークの中で自分の役割を全うすることで自分のリアルを獲得しようという風潮は確かにあるなぁと思う。別にリア充だけでなく。
最近だと、鈴木桂治の敗北への向き合い方がすごく気になる。公式には「やり残したことはない」と言いながら、自身のブログでは「情けないのと、申し訳ないという気持ちしか今はありません」と言っている。鈴木さん自身の中では弱さと向き合っているのかもしれないのだけど、少なくとも表向きは振り切っているように見える。
公の場で自分が情けないことを認めるのが嫌なのかもしれない。でもそう思わせるような「弱きをくじく」空気が社会に満ちている。周囲の失望は和らげないといけない、期待には応えないといけない。結果、自分の中の欠落をまっすぐに見る機会が少なくなる。自分もそうだけど、自分の中の不安、やらなきゃという切迫感がネットによってキャンセルされ続けているように感じる。
とゆーか、内面の不安と外面での満足を見たとき、単に後者が大きいというだけでないような気がしている。アンビバレンツだったり脱臼していたり、ねじれが存在しているような。一方でネットワークからの圧迫があるから、じりじり追い詰められていく。