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「ソーシャルデザインの思考」

SFCオープンリサーチフォーラムでのセッションで、宮台眞司、 國領二郎、神成淳司による鼎談です。直前のセッションが延びたので途中からのメモとなってますが貼っておきます。

この中の「多様性だけでは突き抜けられない」「趣味のビジネス化がやりたいことかも」という2つがずっと気になってます。特に前者は、「ブログ限界論」についての議論のgdgdっぷりとからめて。忘年会議2007に当選したので、2008年のトレンドはその辺でちょっと考えてみるかもしれないようなみないような。


(最初の方の話のまとめ)
自分の手を動かさないとだめ
ネガティブな経験の意味
見られる意識がないところでデザインのことは考えられない。
しかし、ITはアメニティ、アピアランス優先
組織論で対応しようとしている

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ものづくりに問題をブレイクダウン
かなり工夫してやってきた。

もういちどやろうとしている
人間は自由を与えられたときにそれを生かせる力があるか。
思うに人間は思ったよりも影響されやすい。

宮台:
プライオリティについての観念が間違っているのではないか
農業で自分の手を動かしてやっている人はいるけど
プライベートにぜいたくに。パトロンがいて。
手間がかかっていてnegativityが詰まっているから価値がある
世田谷のプレイパーク、ただの土を置いてくれという意見がたくさんある
日本ではそれは贅沢
コンビニエンス、アメニティ、セーフティを設計するのが大切という人は
階級が低いんじゃないか。

イギリスのエリート教育、文武両道、苦労しないといけない、という伝統
そういう貴族社会、階級文化がないのが原因かもしれない
そこに処方箋のヒントがあるのでは

神成:
趣味のビジネス化がやりたいことかも
それを経済的にまわしているか
現在の名工と呼ばれる人はみんな趣味のようにやってきた

仕組み的に作るのは難しい

国領:
趣味って何のためにあるのか。
アメニティはなぜだめなのか。
この後ろには暗黙の進歩主義がある
発見、発明はエクストリームの中にしかない
遊び、面白さ、が必要で心地よさがダメな理由は、そういうプラスの前提があるんでは
そもそも人間は生存すること自体、
生物は同じDNAを残すことはできない。他と交わりながら生殖していく
変化の中でしか生き続けられないもの

高齢化して、不安感が高まっていくと、安全安心を望むのもわかる。
そのプレッシャーの中で、危なっかしく生きていくというメッセージを
出すのは勇気のいることが。
前提となる、生物の変化の必要、進化主義を検証していかないと

宮台:
ミメーシスあるのみ。ロールモデルの模倣、伝染。
ロールモデルのバリエーションが多いほうがいい
困難さ、短期的成長などなどの組み合わせ
リスクヘッジはそこから模索することでしかできない

神成
エクストリームより多様性が大事?

宮台
そう。そして、それをいいという人が増えないと感染は起きない

国領
多様性の話もある。そこでしか生態系は作れないのは確か
ただ、極限の不安定な状態でないと変化はでてこない
何かが創生されるプロセスてな言い方をしないと
なんか仲良くやりましょーてな微妙なメッセージにならない
と脇田さんが言ったんじゃないの>

宮台:
育種学
変異、選択、安定化の組み合わせから進歩が出てくる
それとは別に
進歩がなくて停滞していてもenjoyableなのはnoisyで多様性に満ちているから
という考え方がある
初期ギリシャでの価値は名誉、栄誉
それは百戦練磨であること。
他の人が動かせないものを動かせる。
ノーブリスオブリージ。もとはギリシャ、万物学の発想
でも日本では、どうも進化的進歩的主義におしこめられてしまう

どんなにテクノロジ−が進歩しても停滞している社会に
enjoyabiityに価値がある世界がありいるんじゃないかと
ファイトクラブ

神成:
フレーム理論的陥穽に陥る可能性がある。
中でぐるぐるまわしていると、刺激がない対応できない
ヨーロッパの階級社会で失敗することで学ぶというのが
強引に外界の刺激がないと自分でフレームを作ってしまう
あえて失敗させるというやりかた
多様性ロバストになる。
予め想定している前提では、多様性はない

宮台:
初期ギリシャの発想は合理性がある
予想外の自体があったときに対処する。進歩よりプロテクションに力点が置かれている
これは伝統的に名誉と結びつく概念
後者のファクターはもっともてはやした方がいい

どういう奴がすごいと思うかというと百戦錬磨のやつ
ピンポイントですごいという人はすごいとは思われにくい
限られた条件で最適化された人間より、全体でうまくできるやつの方がすごい

神成:
結局、過去を重視しているだけではないかというチャット

宮台
再帰性、リフレクシブ
過去がよかった、という議論、でも過去のものはそのまま持ってこれない
では過去のよかった部分をどう今に生かすかというデザインの
問題にすることができるはず。
それをアーキテクトがどうデザインするか、と考えないといけない

たとえば昔よかったものが同時に副作用があったなら
副作用を除きながらいいものだけを生かすという考え方をしないと

国領:
人によって昔が違うのが問題
10年ぐらい前に学生がイニシアチブをもって作ってきた
学生がスターになれるような雰囲気があった
それがあるほど自分が手を動かしてやって
原因はソフトウェアを書くとネットでできる、という。。
ところが最近は、セキュリティがあるのでサーバ立ち上げられなかったり。
結局先生が許可しないと。
昔はよかった、という話になる。
それをもう一回、学生が自主的に社会に働きかけるようにするには

磯谷さんや国領さん、地域にいって自分の手を動かしている
そういうリアルと接点がある仕組み。
もう一回その形を作りたい

神成:
社会を動かす実感を持たせる必要はない
気になるのは、ネットでもてはやした時期は、ちょっと組み合わせた
だけで何かできた。
それが繰り返すと、提案だけの話になっている
そんな簡単に社会は動かない。
誰でも思いついたことはやってもだめ
それを新しいことだと勘違いしてしまう
現場に行って、それを知ることが重要
新しいものは

国領
社会のとらえ方が違う
自分の身の回りで好転するならそれはいいこと
社会、世の中全体ということじゃなく、コミュニティ

神成
組み合わせで新しいものは作れない。
同じものの延長上、今そこしか考えられないようになっている
ネガティブがなくなったからこうなっているのでは

宮台:
社会システムの話から。
機能等価性の再現
マニュアル的なものを一概に否定できなくなってくる

フィールドワーク
自分のウェブに書いたけど
催眠誘導の方法を使って、ビルデュクスロマンを自己達成した部分がある。
ボーンアルチメイタムというスパイ映画
アメリカのコンテクストを理解していないから、自分をとりもどす
といってるけどそうじゃない
自分を書き戻すという欲望も他人に誘導されているのかも。

ノイジーなものへの耐性
まずは一定のマニュアル化、フォーマット化された方法を使って
人格をつくるしかない
でも、教育でやろうとすると、パターン化、教義の押し付け
催眠誘導になってしまう。先験的にはいえない。
自己推進的、マニュアルに頼らず、ロールモデルから感染的にするしか

国領:
voting(ページのアンケート)もその一つでは

神成
嫌いな手法ではあるけどやっている

国領:
匿名性の上でなら意見を出す。でも対面だと意見がだせない。

神成:
でもほとんどは何かの組み合わせになっている

国領
SFCもそうなのかも、という話になる。

宮台:
計算不可能性を設計する、とはもともとそういう話だった。
設計でカオス、ノイズをもたらす

国領
それはいけないこと?

宮台
いけないことじゃない
教育はある意味パターン主義そういうもの

神成:
押し付けてつまらなくなるなら面白くしたい

国領:
議論してるのは方法論

神成:
今回のORF エクストリームで議論してきた
展示を見て、どういう部分でエクストリームを実現できたか
どうよ?

国領
エクストリームにならないとだめ、という前提は、多様性だけでは突き抜けられない
というところから
実を言うとスポンサーを集めてご飯会をやったとき
全然エクストリームじゃないじゃんと言われちゃった。

宮台
歩留まりで考えてはだめで、すごい奴が一人でればいい。
クリエーションはそもそもそういうもの
そういう人がソーシャルデザインにまわってくるのは
こういうイベントをやるほど可能性が増えるのでは

国領
展示の中身を見て、それぞれ分野において技術と制度を組み合わせて
みたときに画期的なのはいくつかある。
・IPパケットをラジオで流す
技術的には大したことではないけど、制度的にはすごい
でもそれはエクストリームではないなぁ

神成さんのトマトのメッセージはラディカルだけどエクストリームではないなぁ

神成:
おおすごい、と観客が思ったときに、それで、とつながるように
していかないといけない。。

それはなぜORFが必要かという問題になる
「展示が目的になっている」?

世の中に発信したい、仲間をつのりたい、集積させることが大事

人間は見られるからきれいになるというのもある。
エクストリームというお題を出されて、みんなが考えて、
それを見てもらう。
研究のレベル、メッセージの送り方、人に説明する、そのプレッシャー
のレベルがあがってくる。

そういう風にでも思ってないと、こんな大変なことはできない。

宮台:
商談しましょうよ、の方が価値が大きいのでは。
ビーイングしていて思うのは
スープリームな人同士のつながりが弱い
政治はつながりが強い

ソーシャルデザインに必要な全体性。
それがしにくくなっていく
イベントを通じて、スープリームな人のネットワークがどう
広がっていくのか、に関心がある。

産業とアカデミズムのつながり、理系ではあるけど、文系ではほとんどない

神成
毎回繰り返されるのは、社会つまらない、というもの
結論はでるものじゃないけど。
歩留まりじゃなく。