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ネットのタイム・スリップ

日常の他愛もないことを日記に書き連ね、それを誰かが読んでくれたり感想をくれたらちょっとした充実感を感じる。同様にライフログをとっていて、後で自分と同じ行動をしていた人に繋がったり、誰かが自分の一日に興味を持ってくれたら、その時に自分の行動を実感できるだろう。実感、つまり(リアリティというより)木村敏先生の言うアクチュアリティは、これからは過去に対して発生するんじゃないだろうか。
あるいは過去にさかのぼって、アクチュアリティが作られるのかもしれない。現在をキャンセルする形で。今でも既に、目の前に人がいるのにケータイがかかってくるとその人がいないかのように対話を始める。それが、過去につながった人、たとえば1週間前同じ行動をしていた人とのつながりがそのままTwitterのようなもので継続されているとき、自分の周囲よりも相手の行動によってアクチュアリティを得るかもしれない。今何もしていなければ、相手の行動に移入するかもしれない。ここまでくると、テレパシーの域にまで到達してしまっている。
もしかしたら現在この瞬間の充実感のためでなく、その後で過去が現在をキャンセルする形で生まれるアクチュアリティを最大化するために、人は行動するようになるかもしれない。今でも人脈重視な人たちはいるし、すでにそうなっているかもしれない。過去に生きるために現在を生きている――過去のエントリーに書いた「記録が対話の役割を果たしている」からも、ネットとそこに生きる人たちは確かにそのように進化している。エルフのような賢した種族へと。あるいはタイムリープ能力を身につける方向に。