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「幼年期の終わり」

初音ミクに(ソーシャルに)人格はあるのだろうか - behind the counter
機械によって与えられる報酬の方が(アテンションエコノミー)、人によって与えられる報酬(対話性)よりどんどん大きくなっている。あげられている人工人格に必要な要件はまさに、アテンションエコノミーの主要通貨ですよね。人工人格が人間に近づいてきたというより、ネット上での人間の人格がそう変化しているということでしょう。
クラークの「幼年期の終わり」を読んだのはずっと昔で詳細を覚えていないのだけど、より大きな知性の枠組みのもとで人のアーキテクチャそのものが大きく変革する、という点で似たものを感じます。労働の意義が全くなくなり、人々がみな芸術などの表現活動を行うようになったとき、〈主上心〉により近づくような形で精神感応などの能力に目覚める子供たちと、機械によって価値付けられた記号を使うことでより効率的にコミュニケーションできるようになった人たちは、同じような進化の道を進んでいるように見えます。近代的人間が美徳とする方法を捨て、大きな知に直結する形で意思疎通をする点において。