「時をかける少女」への富野監督の批判について

超ネタばれなので、原作とか下記エントリなどを知らない人は、気をつけてください。
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富野監督の「時かけ」への批判は、惚れた張ったといった若者の欲望を肯定するだけの"風俗映画"になっている、というものだった。それで何を気にしなければいけないかというと2つあげていた。一つは彼らを取り巻く社会性。彼らは互いに付き合いたい(富野監督的にはセックスしたいと等価らしい)と考えているが、じゃあ付き合ったらその先どうするのか何も描いていない、と言っていた。もう一つはセックスに対する女性のしたたかさ。ナボコフのロリータなどをあげて、性そのものの扱いにくさをスルーするのは許せないようだった。

恋愛の持つ生々しさを変に分節化せず、さくっと飛び越えているからこの作品はヒットした。それはアニメだから出来たことであり、脚本が奥寺さんという女性だから出来たことだ、という富野監督の批評には同意する。「時かけ」は実写の壁を越えている、ということを富野監督は言っていた。そこにある物を映す実写では、どうしても存在感が自己主張してしまって、登場人物の軽やかさや世界のいびつさを描ききることができない。また、恋愛の生々しさを描くには男性だとどうしても身構えてしまう。

富野監督はこの作品が生々しさとか社会性とかから目を背けていると批判しているが、別の形で描かれていると思う。

それは、筒井康隆の原作に立ち戻らないとわからないのかもしれない。いや、「時かけ」原作読んだことなくて、七瀬シリーズとかからの類推でしかないのだけど。「エディプスの恋人」は、誰かに惹かれるという論理では説明できない感情がそのまま社会的なルールを超越してよりプリミティブな(「エディプス」では神話だが)根源に到達してしまう、というような内容だった。「時かけ」も根底にあるのは同じだと思う。富野監督が帰ってから、樋口監督が作中に時折死が顔を覗かせることを指摘していた(特に踏切前の坂道。踏切は日常と直結した死が頻発する場所である)。千昭が真琴に真実を語るのは"時の止まった"死の世界でだ。「付き合ったらその先どうするのか何も描かれていない」というのは当たり前である。なぜなら、彼らは基本的に永遠に結ばれないのだから。恋愛の不可能性こそが「時かけ」のテーマなんだろう。大林版時かけは、和子をあまりにピュアな存在として偶像的に描いてしまった。そのため原作が孕んでいた、恋愛が持つ死の匂い、エロスとタナトスが同時に存在する不条理さがすっぽり抜け落ちてしまった*1。恋愛の不可能性は、ジェンダー的な役割に基づく結婚とはかけ離れていて、青臭い恋愛だけが直結するどす黒さなんだろう。
時かけ」は、アニメに対して壁を持っている人でもとっつき易い外面をしていながら、同時に他の細田作品に通じる虚無感を孕んでいる、いびつな作品という印象がある。でも実際今の我々の現実はいびつなものだ。富野監督が求めるような方法論も確かにある。でもそれは社会システムが絶対なものとして共通了解が得られていたときにカウンターを描く方法である。弁証法的ってやつだ。「時かけ」はそれとは違っている。我々にはもう拠り所にするようなシステムはなく、世界のいびつさを無視することはできず、それでも軽やかに生きていかないといけない。おそらく観客はそういうコンテクストの上で、真琴が今の女の子っぽくエロとかセックスとかを脇に追いやることもなく重荷に感じることもなく軽やかさをもっていると見ている。若者の欲望をただ肯定してみせるのはお目出度い、と富野監督は言った。しかし、我々はもはや自分の"動物性"を無視できない。原作の時代感覚と現代の時代感覚の違いがその辺に出ていると思う。ただ、アニメに立ちはだかる壁を乗り越えるよう作品のテイストを調節したことで、恋愛の不可能性に対する描き方が完全に消化しきれてないかもしれない。ま、あちらを立てれば、というやつなんで仕方ない。
まとめる。「時かけ」は、大林版のようにおんにゃのこふしぎーてな作品でも、富野監督が期待するように女の子が女の子であること(うわー説明できねー)を描く作品でもある。ただそれ以上に、恋愛のプリミティブさ、恋愛が内に孕む闇、想い続ける行為が持つ暴力性を描く作品である。それが、時を越えちゃうのと同じぐらい理不尽だというのが「時をかける少女」だ。タイムリープはガジェットではなく作品のテーマに直結している。一枚の絵を見るためにタイムリープしてくる千昭の行動も、この作品では許される。それが作品として成り立つ根拠となる世界の理不尽さは、富野監督が期待するような明示的なものでなく、演出と舞台設定と物語の構造(とキャラデザとetcetc.)で描かれている。
あるいは、細田作品だからこうなったように思う。気になる人は、細田監督の過去の作品、ONE PIECE ワンピース THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島 [DVD]とか見るといいかも。

*1:ただ、人形的な偶像にも別の形のタナトスがある。押井監督の「イノセンス」とか